「ICTのスペシャリストをめざそう!」

福井県立科学技術高等学校の工事担任者資格取得への取組

福井県立科学技術高等学校 情報工学科長 千葉晴信教諭

 去る8月21日(水)、工業教育会館(東京都千代田区飯田橋)において、全国工業高等学校長協会の「国家試験「工事担任者」指導者研修セミナー」が開催されました。同セミナーは、全国工業高等学校長協会が主催する約100コースの夏期講習会の一つとして、国家資格「工事担任者」の資格取得に向けて勉学に励む高校生を指導する高校の先生方を対象に、指導方法や最新技術の動向を共有する機会として毎年開催しているイベントです。

  本年は、福井県立科学技術高等学校 情報工学科長の千葉晴信教諭をお招きし、「ICTのスペシャリストをめざそう!」と題してご講演いただきました。福井県立科学技術高校は、近年、工事担任者DD第1種に二桁の合格者を出すなど、全国的に見ても特筆すべき成果を上げている高校です。こうした実績を作り上げた千葉先生に、高校の電気系学科に学ぶ生徒たちにとっての工事担任者受験の意義、試験に向けた取組みを語っていただきました。

■思いがけない工業高校講師の体験が千葉先生の人生を決めた

 小学校の先生を目指していた千葉先生が、千葉大学教育学部(小学校教員養成課程)卒業後、最初に福井県教育委員会から受けた辞令は、なんと科学技術高校の情報工学科講師の仕事でした。

「小学校の教師になろうと思い、普通科の高校を出ましたから、この時に生まれて初めて“工業高校”を体験しました。実習室には見たこともない機械がたくさん並んでおり、生徒たちが学んでいる内容は、正直なところ何一つ分からないありさまで、みんな難しいことを勉強しているなと感銘を受けたのを覚えています。」

 1年間工業高校で指導をした後、念願かなって当初目指していた小学校の教諭となった千葉先生は、小学校の教諭を3年間、さらに中学校の教諭を8年間、普通科高校の教諭を2年勤めるなど理科の先生として順風満帆な教師人生を歩んでいました。ところが、その後に県教育研究所、県工業技術センターなどへの勤務を経て、福井県立春江工業高等学校(当時)の自動車科教諭として工業高校に戻ってきます。

「それまでまったく知識のなかった自動車科の教諭になりました。その後、科長にもなりました。当時一緒に仕事をした先生からエンジンやトランスミッション、サスペンションの分解などの知識を、夜遅くまで油まみれになりながら教わり、次の日にそこで知ったことを授業で教えるような状況でした。自動車のことはもちろん、旋盤や溶接など初めてのことばかりでしたが、周りの先生方のおかげで、とても勉強になる毎日を過ごせました。」

 畑違いの分野での指導は容易なことではなかったはずですが、それができたのは千葉先生に工業高校で働きたいという強い気持ちがあったからでした。

「最初に情報工学科の講師をさせてもらったときに受けた感銘、驚きが心に残っていたため、機会があれば、ぜひ工業高校で教えたいと思っていました。教員人生1年目の工業高校体験がなければ、きっと工業高校に勤めたいと口にすることもなかったでしょうし、実際に勤務することもなかったでしょう。人生の転機はどうやって起こるか分からないなと思っています。」

 春江工業高等学校で2年間教鞭をとった後、現在の勤務先である福井県立科学技術高校に転勤した千葉先生は、同校で4年目、工業高校の先生として6年目を過ごしています。

■めざすは“ICTのスペシャリスト”

 自動車科でサスペンションを教える立場になれば、実際に自分でサスペンションを分解して勉強してからでないと気がすまない千葉先生は、教える科目、生徒が取得を目指す可能性がある資格は、すべて自ら取得しています。なんとその数約40種類。高校の情報一種免許は先生になって働きながら取得したそうですし、高校教諭工業一種免許も第一級陸上無線技術士の免許などとともに県工業技術センターで勤務しながら取っています。そのほかにも、第一種、第二種の電気工事士、応用情報技術者、毒物劇物取扱責任者、小型船舶免許2級など保有する資格は驚くべき幅の広さ。もちろん工事担任者資格のAI・DD総合種もそれらの中に含まれていますし、それどころか、6月にその存在を知ったばかりの日本データ通信協会の資格制度「情報通信エンジニア」も講演日までにしっかりと取得して東京のセミナー会場に現れました。

「若い先生にも勧めているのですが、資格取得は指導において重要です。生徒たちは先生がその分野の知識を持っているかどうかをドライに観察し、説得力の有無を口にもします。」

 千葉先生が科長を務める情報工学科は、福井県立科学技術高校の5つある科の一つで、毎年の学校案内にも掲載される情報工学科のキャッチコピーは「ICTのスペシャリストをめざそう!」。千葉先生は毎年作成する科のキャッチコピーに必ず“ICTのスペシャリスト”という言葉を用いているそうですが、それは単なる標語ではなく、千葉先生の指導方針と生徒たちの目指すべき目標を表しています。

 千葉先生が赴任した当時の情報工学科は学校の中で必ずしも目立つとはいえない存在でした。そうした状況を改善する方策として、千葉先生は国家試験取得を起爆剤とすることにしました。千葉先生が作り実践しているスケジュールが次の表。これを見れば一目瞭然ですが、今では情報工学科の生徒たちは在学期間を通じて資格取得に取り組んでいます。

 千葉先生の資格に対する取組み、教育課程や実習内容の変更などの改革は、同学科の志願者数増加に如実に表れ、4年前には定員割れだった志願者数は2019年度には倍率1.2倍となりました。

 成果の宣伝にも躊躇がなく、難関国家試験に合格者が出るたびに地元の新聞記者を呼んで記事を書いてもらい、たびたび掲載されています。生徒の親が読む地元有力2紙に対し積極的にアプローチし、それが父母や中学校の先生からの問合せなど直接的な反響に繋がっています。

 「初合格、最多合格、最短合格があれば、必ず新聞記者に声をかけます」と千葉先生は言います。取組みを行い、成果を出し、それをしっかりとアピールすることで正のスパイラルにつなげるのが千葉先生の手法なのです。

■スペシャリストの証明=工事担任者

 「ICTのスペシャリストをめざそう!」を合い言葉に情報工学科で全員がめざす4つの資格があるそうです。第二級陸上特殊無線技士、第二種電気工事士、ITパスポート、それに工事担任者DD第1種がそれです。これらについて2年生の終わりまでに全員受験で臨んでいます。その結果が下図のとおり。平成30年度に卒業した33名のクラスで、これだけ多数の延べ合格者を輩出しています。

 資格取得ができなかった生徒も、多くの成功体験に囲まれて「僕も受かりたい!」という思いが強くなっていると千葉先生は言います。ちなみに工事担任者については、平成30年度末の時点で資格を取得した生徒は情報工学科全体で31名だそうです。これはすごい。今後は科の生徒全員に総合種を受けさせる計画とのことです。

 千葉先生はDD1種の試験に取り組み始める2年生の生徒に日本データ通信協会のパンフレットを見せ、そこに掲載された「これからは、「電気工事士」と「工事担任者」を取って「電気」も「通信」も知っている技術者になる時代だよ!」というフレーズで動機付けをしています。1年生の頃から各種試験に取り組んでおり、成功体験を持つ生徒たちは「ICTスペシャリスト三種の神器をそろえたい!」、他を取れなかった生徒も「今度はもっとがんばりたい!」という意気込みで、自然とDD1種に向けた勉強を始めるそうです。

 千葉先生は、工事担任者の資格試験は情報工学科の何れかの授業で学んだ内容が活用できる部分が多く、その意味で生徒が取り組みやすい資格だと考えています。

 とは言え、「技術」についてはネットワークの基礎や情報セキュリティ技術の一部しか授業では触れないし、「法規」に至っては知らないことだらけ。千葉先生は、どんな試験でも、生徒たちが何をどの程度学習しているのか、彼らが「知っている」知識と「知らない」知識が何かをあらかじめ分析し、どこが弱いのかを把握したうえで指導に臨みます。

 2年生で取り組むDD1種については、夏休みの宿題として出しておいた「基礎」の過去問題から9月の試験対策を始め、試験月の11月になると、期末試験の前に千葉先生お手製の「全科目模擬試験」を用いた模擬試験、いわば“DD1種のための期末試験”を実施しています。

 AI1種・総合種もDD1種のときと同じように、2年生の3年生になる春休みに課題を与え、5月の試験に臨みます。補習は朝が8時10分から35分まで、午後の補習は授業が終わる15時40分から16時30分までで、この時間については補習優先と学校全体でルールを定め、部活動との棲み分けを実現しています。

 ここではひとつひとつを詳しくご紹介できませんが、講演では、千葉先生が実践している受験のためのテクニックについても解説していただきました。「上の句と下の句で覚える」、「自作の表を視覚で覚える」、「計算問題は手順を覚える」などの受験のための技法ですが、こうしたテクニックをおろそかにせず、誰もが活用できるように手順化している点は千葉先生が多くの生徒を試験に合格させている秘訣の重要な部分だと感じられました。

「工事担任者試験には授業でやっている「基礎」もあれば、できると暗示をかけて点を取らせる「法規」もある。また準備によって得点を伸ばすことができる「技術」もある。その意味で、難易度は高いですが、それ以上に工業高校教師の腕の見せ所はないのではないかと思っています。少なくとも本校の情報工学科はDD1種への取組みによって、生徒の気持ちも周囲の見る目も変わりました。これからもこの取り組みを続けて行きたいと考えています。」

■資格は成功の確率を上げる

 千葉先生は言います。

「普通科から来て思ったのは、工業高校の資格指導は学級経営や監督業の腕の見せ所だということです。普通科の高校では学校祭ぐらいしかないクラス全体の一致団結を、資格挑戦のたびに実現できます。

 生徒にも親にも言うのですが、資格取得は人生の成功の確率を上げます。「こんな資格を取って意味があるのですか?」と訊く親もいたりしますが、人生、どこでどう資格が役に立つかはその時点では分かりません。分かりませんが、資格を持てば持つほど、確実に成功確率を上げることにつながります。新聞に載ることでも、周りの見る目が変わり、生徒自身が変わることにつながります。」

「おとなしくてコミュニケーションを取るのが苦手だが、パソコンやゲーム、アニメなどサブカルチャーが大好きで、自分の好きなことや趣味の話になると俄然積極的になる子が多い」というのが情報工学科に集まる生徒たちに対する千葉先生の評です。そうした生徒たちの資格取得に対する熱意は小さくなく、千葉先生はそこに一種の「コレクター魂を感じる」のだそうです。

 千葉先生の熱意と生徒たちの「コレクター魂」の相乗効果がどんな成果を生んでいくのか。これからの福井県立科学技術高等学校の取組みにさらなる期待が高まります。

(文責:「日本データ通信」編集部)