電気通信事業をめぐる政策の最新動向

総務省
総合通信基盤局電気通信事業部
事業政策課長 山碕 良志 氏

 本稿は2019年4月5日に開催された第50回ICTセミナー(主催:日本データ通信協会)において行われた総務省総合通信基盤局電気通信事業部の山碕良志事業政策課長による講演の内容を編集部において取りまとめたものである。情報通信を取り巻く環境が大きく変化する中、総務省では電気通信事業分野における競争ルールの在り方を包括的に検証している最中である。山碕課長にその最新動向を語って頂いた。

1.はじめに

 私からは、電気通信事業部で進めている「電気通信事業分野における競争ルール等の包括的検証」の最新動向と、加えて日本データ通信協会の酒井理事長にワーキンググループの主査を務めて頂いている、聴覚障害者のための「電話リレーサービス」に関する検討状況を紹介したい。包括的検証のテーマは多岐に亘っているため、皆さんのご興味に応じて適宜お聞き頂き、また、私どもの最新の関心事項がどこにあるかをご理解頂ければ幸いである。

2.電気通信市場の動向

 最初に電気通信市場の動向と包括的検証の全体像を紹介したい。
 電気通信の利用の在り方は、1985年の通信自由化以降、10年程度のスパンで劇的に変化してきた。非常に変化が激しい市場だが、おそらく令和の時代もこれまで以上に大きい変化を遂げていくのではないかと思う。
 市場規模は、自由化が行われた昭和60年に主要電気通信事業者の売上5兆3570億円が、平成29年には26兆5023億円と約5倍に拡大している。ご承知の通り、NTTグループに加え、KDDIグループ、ソフトバンクグループも売上高の拡大に大きく貢献しており、独占から競争原理が機能する市場に変貌を遂げてきている。

サービスの利用動向を見ると、2000年に移動電話の契約者数が固定電話を逆転し、最新の数値では1億7000万契約、つまり一人当たり1契約を超えている。固定通信では、電話とブロードバンドが2012年に逆転し、電話からブロードバンドへという流れが見て取れ、電気通信は国民生活に不可欠な存在になってきている。

出典:総務省

3.電気通信事業分野における競争ルール等の包括的検証

 「電気通信事業分野における競争ルール等の包括的検証」は、昨年8月、情報通信審議会に諮問し、現在議論を頂いている。2015年に成立、2016年に施行された電気通信事業法改正法に施行後3年の見直し規定が置かれており、今年がその年に当たる。加えて、激しい変化を遂げる電気通信市場の動向を踏まえ、2030年頃を見据えた政策を包括的に見直す趣旨である。
答申を希望する6つの事項について、それぞれ検討体制を設けて議論頂いている。資料には6月中間答申とあるが、今のところ8月頃を見込んでいる。

出典:総務省

 包括的検証の検討課題を、いわゆるレイヤー毎に整理している。通信ネットワーク全体に関するビジョン、プラットフォーム、中立性、基盤整備、モバイル、消費者保護の各論点について議論頂いている。

出典:総務省

 検討体制の中心は、情報通信審議会電気通信事業政策部会の下に設けた特別委員会。同委員会では総論のネットワーク・ビジョンと、各論の一つ、ユニバーサルサービス制度の在り方等の基盤整備を扱って頂いており、その他については新設の4研究会等で議論頂いている。

出典:総務省

 今、包括的検証全体の中間答申に向け、4月9日の第7回特別委員会で各検討会等の中間報告書を集約する準備を進めている(総務省の第7回特別委員会のページへ)。
8月の中間答申、年末の最終答申に向けて議論を進めて頂く予定。必要に応じて緊急提言を行うことになっており、モバイル・消費者保護については1月に緊急提言を頂き、それを受け、現在開会中の国会に法案を提出している。

4-1.ネットワーク・ビジョンと基盤整備

 ここからテーマごとに内容を紹介したい。最初に「ネットワーク・ビジョンと基盤整備」についてである。

(1)環境変化

 まず5Gについては、来年の実用開始に向けて、間もなく電波の割当てを行う予定である(総務省の電波監理審議会ページへ)。「超低遅延」「超高速」「多数同時接続」という3つの特徴を有し、現在の4Gに比べ、性能が飛躍的に向上するものと期待されている。5Gは高い周波数帯を利用するため、通信速度は速いが、距離はそれほど飛ばない。固定通信、具体的には光ファイバに長距離を依存することになる。4Gと比べ、有線と無線を組み合わせて利用する考え方、有線の光ファイバ網をきめ細かく整備する必要が出てくる。
 また、多数同時接続により、人が利用する端末以外に多くのモノをつなぐことが可能となり、5Gに携わるプレイヤーは多様化する。

(2)フルIP化

 2つ目の変化が固定網のフルIP化である。NTTは2025年に固定電話網(PSTN)をIP網へ移行する計画を発表している。アクセス回線について、メタル回線のIP網への収容が進み、コア網と併せ、音声通信のためのネットワークがブロードバンドのネットワークに変化していくことがIP化の観点からも想定される。

(3)仮想化

 3つ目の仮想化は、ソフトウェアを通じて機能や性能を改変する技術である。NFV、SDN、ネットワークスライシングなどの手法が開発されている。ハードウェアの機能をソフトウェアで管理できるようになるため、多様な用途に利用可能な、柔軟で効率的なネットワークが実現する。
 制度面で言えば、現在の電気通信事業法は、電気通信設備というハードウェアの概念を定め、それを管理する主体に着目して規定が設けられている。仮想化が進むと、設備を持っていなくても、機能やサービスを提供することが可能になるため、現在の設備中心の制度を機能やサービスに着目した制度に変えていく必要が生ずる。
 5Gなどネットワークの高度化、IP化、仮想化を踏まえ、平成30年12月の特別委員会で提示されたのが2030年を見据えたネットワーク・ビジョンである。

出典:総務省

4-2.特別委員会における主要論点

特別委員会の主要論点は以下の通りである。

出典:総務省
出典:総務省

(1)ルール見直しの全体像

 ネットワークの構造がIP化や仮想化によって変化すると、設備、機能、役務の担い手が分離する。一つ目のキーワードが「分離」である。分離が進むと、現在の電気通信事業法が対象として捉えているハードウェアの外部に、電気通信事業に関わる主体が現れる。
また、5Gや光ファイバの整備によって、ネットワークが融合していく。この「融合」が二つ目のキーワードである。「固定」と「移動」の融合、「市場支配的事業者」のネットワークと「競争事業者」のネットワークの融合が起きる。ネットワークの構造変化に伴う制度見直しが必要となる。

(2)仮想化の進展とルール見直しの方向性

 現在の通信ネットワークは「自社構築・管理モデル」と呼ぶべき構造で、それぞれの事業者が自前のネットワークを所有し、機能を定め、設備を管理している。仮想化が進むと、事業者は外部の仮想通信ネットワーク事業者に設備の管理を委ねることになり、設備を持っている主体とそれを管理する主体やサービスを提供する主体が異なるモデルが想定される。こうしたネットワークの変化に応じて制度を変えていくことが必要となる。

(3)他者設備の利用とルール見直しの方向性

 IoTが進むと、ネットワーク設備を持たない様々なプレイヤーがネットワークにつながり、他者設備の利用が今まで以上に広がる。現状、他者設備の利用には、大きく分けて接続と卸という2つの形態がある。接続は約款の内容が誰にとっても透明で公平である必要があり、一方の卸は相対契約で、内容が必ずしも公表される必要はない、比較的自由な仕組みである。
  ネットワークの利用に関する公正競争を確保するために卸の透明性を確保する必要があるのではないかという議論が行われている。

(4)市場の融合とルール見直しの方向性

 固定・移動など市場が融合していくと、「電気通信に密接に関連する事業を営む者」、即ち電気通信設備を持たずにネットワークの外部で機能を提供する事業者が出てくることが想定され、新たなルール作りが必要となる。

(5)グローバル化の進展とルール見直しの方向性

 海外のプラットフォーム事業者のように、国内に設備を持たずにサービスを提供する事業者が出てきたことにより、利用者保護等のルールを国内のみならず国外の事業者にも適用する必要ではないかという議論が行われている。

(6)ユニバーサルサービスの在り方

 以上がネットワーク・ビジョンに関する論点で、特別委員会では、これらに加えて基盤整備等についても議論を頂いている。
 電気通信の利用が電話からインターネットに移りつつあると同時に、日本の人口が減少局面を迎えており、今まで以上に効率的なサービス提供が求められている。特別委員会では、現在の電話を対象としたユニバーサルサービス制度を維持すべきとしつつ、現在のユニバーサルサービスがNTT東西の自己設備によって有線で提供することとされているが、効率的なサービス提供のためには一部に無線サービスを借り受けて提供することも認めてよいのではないかという議論が行われている。


さらに国民生活に不可欠な電気通信サービスが高度化していることから、ブロードバンドサービス等をユニバーサルサービスの対象とすることを検討してはどうかという方向性が示されており、年末の最終答申に向けて議論を頂いている。

5.「モバイルサービス等の適正化に向けた緊急提言」について

各研究会の議論をご紹介したい。最初に、モバイルについて。現在のモバイル市場のシェアは大手携帯電話事業者(MNO)3グループが市場の約9割、MVNOが約1割。2018年の消費支出の中では家計全体の4.4%を携帯電話が占めている。料金を海外と比較すると、日本は過去高止まりの傾向が見られ、他の主要国と比べると安いとは言えない。

 これまで総務省ではモバイルに関して様々な施策を実施してきたが、「料金その他の提供条件の適正化」、「端末販売の適正化」については更なる対策が求められており、モバイル市場の競争環境に関する研究会とICTサービス安心・安全研究会 消費者保護ルールの検証に関するWGが1月に「モバイルサービス等の適正化に向けた緊急提言」を明らかにし、今年の国会に法案を提出している。

改正事項には、「モバイル市場の競争の促進」、「販売代理店への届出制度の導入」、「事業者・販売代理店の勧誘の適正化」の3点がある。

出典:総務省

 「モバイル市場の競争の促進」については通信料金と端末代金の完全分離、行き過ぎた囲い込みの禁止の2点が提言されている。購入する端末により通信料金が異なる「一物多価」の状況を見直し、通信料金を比較しやすくすること、また、過度な囲い込みを禁止する規定を盛り込んでいる。

 販売代理店については、事業者から1次、2次、3次と複雑な委託構造になっており、行政が直接把握することが困難な状況である。法案では代理店に届出制を義務付けるとともに、苦情が多い自分の氏名を告げない勧誘、勧誘であることを告げない勧誘などを禁止し、既存の利用者保護規律で対応できない課題に対応していこうとしている。

 法案は、来週には衆議院での審議が始まるのではないかと考えている。施行は公布後6ヶ月以内と定められており、年内には施行できるよう準備を進めている。

 モバイル関係では3月14日に「モバイル市場の競争環境に関する研究会」が中間報告書を出しており、提供条件や事業者間の競争条件に関し、今回の法案に反映されていないものを含めて様々な課題を指摘し、競争環境の適正化を促進しようとしている。「消費者保護ルールの検証に関するWG」も3月14日に中間報告を取りまとめている。

出典:総務省

6.「ネットワークの中立性」に関する検討状況

 続いて「ネットワークの中立性」に関する検討状況である。「ネットワーク中立性(Network Neutrality)」は「ISP(携帯電話事業者を含むインターネットサービスプロバイダ)がインターネット上のデータ流通を「公正(無差別)」に取り扱うこと」と定義される。背景としては、通信トラヒックの幾何級数的な増加、定額制サービスや動画視聴の増加などがあり、トラヒックの急増は世界的な課題となっている。

 中立性が確保されないと、例えばISPが特定のコンテンツを優遇したり、競合するコンテンツをブロックしたり、あるいはヘビーユーザが帯域を占有し、一般ユーザの通信が低速化してしまう。そこで「帯域制御」「優先接続」「ゼロレーティング」の三つのルールを設けるべきとの議論が行われている。

出典:総務省

 「帯域制御」については、10年前に策定された現行ガイドラインは有線が対象で、モバイルの利用や動画視聴の拡大を念頭に置いていないため、環境変化を踏まえて見直しを行うべきとしている。その際には、すべてのユーザを一律に制御するのではなく、ある時点で多くの帯域を占有している利用者から順に利用帯域を制御していく、いわゆる「公平制御」と言われる考え方を検討することが必要ではないかとしている。

 「優先制御」は、電話の緊急通報の際に行われている仕組みだが、インターネットはベストエフォートのサービスであり、環境が異なる。しかし、自動車の自動運転や遠隔医療など人命が関わる用途等については、他の用途に比べて優先的に取り扱う必要があり、今後具体的な制度設計をしていくことが適当だとしている。

 特定のコンテンツやアプリに対し使用データ量をカウント対象から外す「ゼロレーティング」は、一部の事業者がすでに導入しているが、費用負担の公平性や事業者間の競争に与える影響があると考えられるため、今後それらの事例を検証・分析しながら、事後的に必要な対応を行うことが有効だとしている。

7.プラットフォームサービスに関する課題への対応

 包括的検証の最後が「プラットフォームサービス」である。プラットフォームサービスは、コンテンツ・アプリケーションレイヤとネットワークレイヤを一元的に繋ぐ役割を果たしている。様々なサービス提供者に共通しているのは、膨大な利用者情報を集積し、それをビジネスに活用している点である。この利用者情報を適切に取り扱っているかがプラットフォーマーに関する大きな課題である。

 プラットフォームサービスに関する研究会でまとめている中間報告書は、まず初めに、利用者情報の取扱いを取り上げている。政策対応の基本的方向性の1番目として、利用者情報が電気通信事業法の「通信の秘密の保護」規定の対象とすべきとし、外国の事業者であっても法が適用されるよう、法整備を視野に検討を行う。
 2番目に、ガイドラインの適用範囲の見直し。プラットフォーム事業者の場合、国内、国外を含めて通信設備を置かずに通信サービスと同等のものを提供することが可能になってきており、設備を持たないサービス提供者への規範の適用を検討する。
 3番目として、法執行を確実なものとするために、国内外を含め、官民共同で規制を行う、共同規制的アプローチを機能させる方策を検討する。
 4番目は国外の関係だが、EU等の政策動向を勘案し、規制内容やその水準の国際的な調和を図るべきであるとしている。

出典:総務省

8.トラストサービス制度化の意義

 プラットフォームサービスに関する研究会の中間報告書で、利用者情報の取扱いとともに重要視されているのがトラストサービスである。日本データ通信協会もトラストサービス推進フォーラムの事務局として深く関わっておられる分野と承知している。


  プラットフォーマーは様々な事業者が提供するサービスをまとめて消費者に提供する性格を持っているため、個々のサービスの信頼性や品質がどの程度保証されているかが明瞭でなく、消費者保護の観点で問題となる。信頼性を高めるために、電子署名、タイムスタンプ、ウェブサイト認証、eシール、eデリバリーなどの仕組みをどのように制度化していくかが課題となる。

出典:総務省

 国内での電子証明書の有効枚数は年々増えている。民間の取組みとして、日本データ通信協会が行っている「タイムビジネス信頼・安心認定制度」があり、これもトラストサービスの一つの類型としてこれからの検討に深く関わるものと考える。

 トラストサービスについては、研究会の中にトラストサービス検討ワーキンググループを設け、慶應義塾大学大学院の手塚悟特任教授に主査をお願いし、検討を行っている。このワーキンググループにはトラストサービス推進フォーラムの方にも構成員となって頂いており、日本データ通信協会にはその事務局として活動を支えて頂いていると承知している。

 フェイクニュースも論点の一つである。行政が直接関与するのは、表現の自由との関係で難しい面があるが、EUで進められている、マルチステークホルダー方式によるファクトチェックの仕組みを日本でも導入するかなどを含めて、これからの論点を深めていきたい。

9.電話リレーサービスに関する検討

 最後に、電話リレーサービスに関する検討についてご紹介したい。
  電話リレーサービスは聴覚障害者を対象にした、聴覚障害者と健聴者をオペレーターが手話・文字と音声の通訳により、リアルタイムでつなぐサービスである。日本財団が福祉事業の一環として予算を組み、全国十数の事業者がサービスを提供しているが、サービスが日中時間帯に限られている、警察等への連絡ができないなどの制約がある。昨年の参議院予算委員会での審議を受け、今年1月から「電話リレーサービスに係るワーキンググループ」において、日本データ通信協会理事長である、東京工業大学名誉教授の酒井善則先生に主査をお願いして検討を行っている。

 検討事項は3点あり、提供の条件・費用負担等、オペレーターとなり得る通訳者の要件等、その他の課題。制度化の準備を進めているところである。

出典:総務省

 駆け足になったが、当省で議論が進行中の課題やその方向性をご紹介させていただいた。ご参考になれば幸いである。