ICTセミナー:総務省3課長が語る電気通信政策の現在

本年3月6日に開催された第46回ICTセミナー(主催:日本データ通信協会)は、総務省で電気通信政策を主導する3人の課長をお招きし、各課が取り組む重要課題についてお話を頂いた。本稿はその内容をかいつまんで紹介するものである。当日は、総合通信基盤局電気通信事業部の電気通信技術システム課、同データ通信課、情報流通行政局サイバーセキュリティ課の3つの課が所管分野する電気通信分野の動向、それに対応する各課の取組が凝縮して語られ、聴衆の熱心にメモを取る姿が会場のここかしこで見られた。

ネットワークインフラに関する政策動向について

総務省 総合通信基盤局
電気通信事業部
電気通信技術システム課 課長
荻原 直彦 氏

電話網のIPネットワークへの移行に向けた対応

 NTTは、2025年頃には現在の電話ネットワークを支える交換機を維持・運用することが困難になることから、現行の公衆交換電話網(PSTN)をIP網に移行すると発表している。こうした状況を踏まえ総務省では、2016年2月に「固定電話網の円滑な移行の在り方」について情報通信審議会に諮問を行い、これを受けた同審議会の電話網移行円滑化委員会が平成29年3月に一次答申「移行後のIP網のあるべき姿」を、同年9月には二次答申「最終形に向けた円滑な移行の在り方」を取りまとめた。

 一次答申では、IP網に“移行後の電話網のあるべき姿”を描くことを目的に議論が行われ、メタルアクセス回線をそのまま残しつつ、従来PSTNが担ってきた各種電話会社を結ぶ“ハブ機能”を今後作っていくにあたっての個別課題を、利用者及び事業者の視点から必要な課題を整理し、大きな方向性を打ち出した。

 二次答申では、1次答申で明らかにした個別課題(電話番号の管理の在り方、緊急通報の確保、ユニバーサルサービスとしての固定電話の確保等)について具体的な方向性を明らかにするとともに、2025年1月までの完了を目指したIP網への移行スケジュールを示した。

 電気通信技術システム課では、情報通信審議会の答申を受け、平成28年12月から「IPネットワーク設備委員会」において、IP網への移行に向けて、電気通信事業者のネットワークの技術基準の検討を開始していた。

 電気通信事業法は、ネットワークを自ら構築して運用する回線設置事業者と、有料で100万人以上にサービスを提供する回線非設置事業者に対しネットワーク設備の技術基準への適合を義務付けるとともに、設備の管理規程の届出並びに電気通信設備統括責任者及び電気通信主任技術者の選任・届出を行うこと等を規定している。

 これらの規定を踏まえ、同委員会では、メタルIP電話の設備に対する技術基準、音声品質の技術的要件と品質測定方法“電話を繋ぐ機能”に必要な技術的要件、などの課題について取りまとめを行い、平成29年7月に情報通信審議会から答申を受けた。

将来のネットワークインフラに関する検討

 我が国のブロードバンド契約者の総トラヒックは急激に伸びており、そのペースが鈍るとは当面考えられない。IoTサービスも本格化しつつあり、2020年までに現在の約2倍の304億個のデバイスが稼働するとの予測もある。また、政府は「4K・8Kの推進」を掲げており、伝送にブロードバンド網が活用されることも想定されている。さらに、LTEの100倍の速度を実現する第5世代移動通信システム(5G)も2020年の実用化を目指して急速に検討が進んでいる。

 こうした環境変化を受けて、2030年頃までを見据えて、ネットワークインフラに求められる機能と、安全で信頼性のあるネットワークインフラを実現するための課題を検討するため、2017年1月に「将来のネットワークインフラに関する研究会」を立ち上げ、同年7月に取りまとめと結果の公表を行った。

 報告書では将来実現されるサービスのイメージを、「超リアルタイムサービス」、「超高精細映像配信サービス」、「IoTサービス」の3領域に分類したうえで、それらのサービスを実現するためにネットワークインフラに求められる要求条件を、①大容量、②省電力化、③超低遅延、④柔軟性・高弾力性、⑤高効率データ流通、⑥安全・信頼性の6つの機能に整理し、実現に向けた技術的課題を明らかにした。

 2030年頃にIoTが我が国の隅々まで普及し、ネットワークが「社会システムの神経網」進展していくためには、光伝送技術等の研究開発の促進、オープンソースなどを効果的に活用取り入れたネットワークの高度化、インフラ事業者、OTTや主要サービス提供事業者とのWin-Winの関係の構築、保守・運用人材不足を見越したAIの活用、そのために必要なデータ仕様の標準化、IoTの普及に対応した技術基準の整備、サイバーセキュリティの確保、インフラ全体として効率的な整備・活用等に取り組んでいかなければならない。

IoTに対応した技術基準関連制度の検討

 近年、国内外においてDDoS攻撃によってインターネットに障害が発生するケースが発生しており、とくにIoT機器を狙った攻撃の増加が情報通信研究機構(NICT)のNICTERプロジェクトなどで顕著に観測されている。サイバー攻撃以外でも、昨年8月に海外の大手事業者がインターネットの通信経路設定を誤ったことが原因で、国内インターネット事業者のサービスに障害が起こるなどの事例も発生している。

 こうした状況を受け、総務省では、「円滑なインターネット利用環境の確保に関する検討会」を立ち上げ、こうした障害の防止のために何ができるかについて、IoT機器を含む脆弱な端末設備のセキュリティ対策や大規模なインターネット障害発生時の対策などについて検討を行った。これらの項目については、情報通信審議会IPネットワーク設備委員会において引き続き技術的検討を行い、今年の7月までに一次報告を取りまとめる予定である。

図1:将来のネットワークインフラに対する要求条件と主要技術
出所:総務省

総務省におけるデータ通信政策の動向

総務省 総合通信基盤局
電気通信事業部
データ通信課 課長
内藤 茂雄 氏

伸張する無線LAN

 電気通信分野のトレンドを2つ上げるとすると、1つは電波(=移動体通信)、2つめが大容量化(=ブロードバンドサービス)である。この2つが今後の世の中を作っていくと言えるが、この流れを端的に表しているのがWi-Fiである。

 スマートフォンの契約者数が平成23年度末から平成28年度末の5年間で約3.3倍増加し、トラヒックも1年で約1.4倍のペースで伸びているが、Wi-Fiはこのスマートフォンの伸びにつれて普及が進んでいる。

 海外でも同じような状況にあり、携帯電話のトラヒックと、それをバイパスするWi-Fiによるデータオフロードを比べると、2015年の時点で世界ではオフロードのトラヒックが携帯電話のトラヒックを上回っている。日本ではインターネットトラヒックの約6割がWi-Fiである。

 これによってインターネット接続事業者(ISP)が回線設備の増強に追われ、重い投資負担を強いられている。インターネットに繋ぐための回線容量が前年比3割増というペースで伸びているが、このペースは無線LAN技術の進化によって、当面鈍化はしないと考えている。

 現在ほぼすべてのスマホやタブレット端末に無線LAN規格の第3世代である「IEEE 802.11n」以上が用いられているが、第4世代である「IEEE 802.11ac」が急速に普及しつつある。来年登場する第5世代の「IEEE802.11ax」では、MU-MIHOやOFDMAといった技術を用いて1台のルータで8台の端末と同時に通信ができるようになり、実効のスループットは現在の約4倍にもなると言われている。各家庭のトラヒックが向こう数年で数倍になってもおかしくはない状況であり、ISP業界に影響が出てくることも想定される。

Wi-Fiの課題

 今後Wi-Fiは社会インフラとして定着していくと考えられるが、そうなるためには「セキュリティ」、「電波の輻輳(混雑)」、「ユースケースの見極め」という3つの課題を克服していかなければならない。

 Wi-Fiのセキュリティ対策が十分に行われていない状況を、東京オリンピックまでに如何に改善していくかは大きな課題である。電波の輻輳については、Wi-Fiは通信の手順や干渉の面で課題が多く解決は容易ではない。第3の課題はユースケースの見極めで、将来、第5世代移動通信システム(5G)が導入されると、Wi-Fi事業は5Gとのすみ分けを図る必要が生じると考えている。加えて、地方自治体などを含め、アクセスポイントオーナーの維持管理負担を如何に軽減するかが当面の課題となってくる。

5Gが変える未来

 今後の主要な政策課題はデータ流通の拡大である。そのためにIoTと5Gの社会実現を見すえた取組が大事である。

 5Gには「超高速」に加えて、「超低遅延」と「多数同時接続」という二つの新しい性能が加わってくる。「超低遅延」を理解して頂くには、高速道路で自動運転をする際の車線変更を思い描いて頂きたい。そこで0.1秒でもデータ伝送にタイムラグが発生した場合を想像すると、遅延の重要性が分かって頂けるのではないかと思う。

 「多数同時接続」はIoTの利用普及に不可欠な技術である。電力自由化に伴ってスマートメーターが普及しており、定期的に使用電力量の情報をセンター側に送信して電力利用の効率化を図っている。

 「多数同時接続」を実現するために必要な仕組みがIPv6である。使用可能なIPアドレスが約43億個であったIPv4がほぼ枯渇する中、約340澗 (= 3.4×1038)個が利用可能なIPv6を用いれば、すべてのセンサーなどにIPアドレスを付与して通信をすることができるようになる。

 実はIPv6への対応はデフォルトになりつつあり、現在投入されているスマートフォン端末の大半はIPv4でもIPv6でも通信ができるようになっているほか、ネットワークのIPv6対応は概ね完了している。

 今後、データ流通の拡大に向けて注目すべきは「官民データ活用推進基本法」(2016年12月施行)で、すべての都道府県にデータを活用するための推進計画策定が義務付けられ、市町村にも推進計画策定の努力義務が課された。データ活用の方法を考案し、そのためのシステムを構築することが求められる。この中でWi-Fiのログデータを分析し、観光振興に役立てるなどの取組が進んでいくものと期待される。

 この時、データトラヒックの地域分散が重要な課題になる。「超低遅延」のネットワークを構築するためにはネットワークの接続点を地域毎に増やしていかなければならない。現在データセンターの約6割が東京に集中しており、地元の情報を東京のデータセンターに取りに行かなければならないということになれば、せっかくの機能を十分に活用できないことになってしまう。

 来年度より地域におけるデータ流通を活性化し、国土強勒化を実現する観点から「地域データセンター整備促進税制」を創設したところ。是非活用いただきたい。


図2:地域データセンター整備促進税制の創設
出所:総務省

サイバーセキュリティ政策の最新動向

総務省 情報流通行政局
サイバーセキュリティ課 課長
木村 公彦 氏

サイバーセキュリティ上の脅威の現状

 サイバーセキュリティ上の攻撃は、目立つものから次第に目立たないものへと巧妙化し、その目的も悪質化する傾向がある。ICTが社会経済活動の基盤であり、成長力の鍵であると認識される中で被害は深刻化している。IoTの時代を迎え、脅威はさらに広がりつつある。

 IoTが狙われる理由には、「管理が行き届きにくい」、「常に電源が入っていて外部からアクセスできる状態にある」、「ライフサイクルが長く長期間繋がったままで放置されているケースがある」、「セキュリティソフト等の対策が不十分なものがある」といった特徴があるからだと考えられる。

政府全体のセキュリティ政策への取り組み

 サイバーセキュリティに対し、政府は様々な対策を取ろうとしている。サイバーセキュリティ基本法が平成26年11月に成立し、内閣にサイバーセキュリティ戦略本部が、その事務局的な立場で内閣官房に「内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)」が設置され、関係5省庁、重要インフラ所管省庁との間で政策の総合調整を行う体制が整備された。

 我が国のサイバーセキュリティ戦略(2015年9月閣議決定)は、産業振興、企業活動の向上等の観点に基づく「経済社会の活力向上及び持続的発展」、脅威への防御能力を高める「国民が安全で安心して暮らせる社会の実現」、国際連携を目指す「国際社会の平和・安定及び我が国の安全保障」の3本の施策を「研究開発の推進」と「人材の育成・確保」の横断的施策で支えるという構造になっている。政府の成長戦略である「未来投資戦略2017」の中でも「サイバーセキュリティの確保」という項目が設けられ、その推進が明確に位置づけられている。

 今年はサイバーセキュリティの次期戦略が策定される年であり、その過程で現行戦略の中間レビューが2017年7月に行われた。加速・強化すべき施策の中に「ボット撲滅の推進」が挙げられたが、総務省では、これに応じ「IoTセキュリティ総合対策」を検討し、2017年10月に公表した。

総務省のセキュリティ政策への取り組み(IoTセキュリティ総合対策)

 総務省の「IoTセキュリティ総合対策」は5本の柱からなる。「脆弱性対策に係る体制の整備」、「研究開発の推進」、「民間企業等におけるセキュリティ対策の促進」、「人材育成の強化」、「国際連携の推進」の5つである。

(1) 脆弱性対策に係る体制の整備
 脆弱性対策は機器のライフサイクル全体を見通し、それぞれの段階に応じた対策を行うことが必要である。例えば設計・製造の段階では、セキュリティ・バイ・デザインの考え方を踏まえた設計、セキュリティ要件の充足を利用者に分かりやすく伝えるための認証マークの付与などの検討が有用であるし、設置の段階では、個々の機器だけでは十分な対策が困難な場合を想定して、IoT機器とインターネットの境界上にセキュアゲートウェイを設けるなど、ネットワーク上でも安全性を担保できるような取組が重要である。

 すでに市場に流通し、利用されている機器についてどのような対策を行うかも大切で、脆弱性調査の実態調査を行い、消費者への注意喚起を実施しつつ関係者間での情報共有を行うといった対策を推進していく。

(2) 研究開発の推進
 サイバーセキュリティの向上のためには産官学が連携をし、研究開発の成果をできるだけ早期に対策に反映していくことが重要である。情報通信研究機構(NICT)の無差別攻撃対策「NICTER」や標的型攻撃対策「NIRVANA改」などの技術は多くの自治体での導入や民間への技術移転が進んでいる。現在研究開発を進めている一例として、サイバー攻撃の標的型メールを偽装環境で観測・分析するサイバー攻撃誘引基盤「STARDUST」があり、実用化に向けて開発が進んでいる。

(3) 民間企業等におけるセキュリティ対策の促進
 サイバーセキュリティ対策は国だけでできるものではない。民間企業においてセキュリティ対策を経営のための積極的な投資だと認識して対応を頂くことは重要である。今回の総合対策に盛り込んだ税制優遇措置については、経済産業省と共同で要望した結果、一定のサイバーセキュリティ対策が講じられたデータ連携・利活用によって生産性向上につなげる投資に対し、「情報連携投資促進税制」として認められることとなった。

 また、サイバーセキュリティタスクフォースの下に「公衆無線LANセキュリティ分科会」を設置し、公衆無線LANにおけるセキュリティ上の課題を検討する作業を進めている。さらに「情報開示分科会」を設け、民間企業のセキュリティ対策の情報開示に関する課題の整理を行っており、両分科会ともに年度末から年度明けを目途に検討結果を取りまとめる予定である。

(4) 人材育成の強化
 我が国のセキュリティ人材は圧倒的に不足していると言われており、人材育成への積極的な取り組みが不可欠である。昨年4月に情報通信研究機構(NICT)に「ナショナルサイバートレーニングセンター」を設置し、①実践的なサイバー防御演習(CYDER)、②東京オリンピック・パラリンピックの担当者に向けたサイバー演習(サイバーコロッセオ)、③若手セキュリティイノベーターの育成(SecHack365)という3つの大きな取組を進めている。

図3:IoTセキュリティ総合対策
出所:総務省

(5) 国際連携の促進
 サイバー攻撃に国境はなく、国際連携は重要である。ここでの柱は、1つは情報共有の促進、2つめが特に途上国向けの能力構築である。

 先進国との間の協力は必要不可欠であり、ISAC(情報共有・分析センター)等の民間レベルでの活動とともに、政府関係者においても同様に情報共有を進めていく。能力構築については、サイバー対策のために一定の水準を確保することが重要であるため、ASEAN等を中心としたセキュリティ人材育成支援等に対し積極的に貢献をしていく。

 サイバーセキュリティは産学官の連携が非常に重要であり、総務省としても力を入れていくが、ぜひ産業界の皆様とも一緒になって取組を進めていきたいと考えている。

本稿は2018年3月6日に開催された日本データ通信協会主催「第46回ICTセミナー」における講演内容を、講演者監修の下編集部で取りまとめたものである。(編集部)