国民目線、利用者視点で施策に取り組む

総務省 総合通信基盤局
電気通信事業部長
古市 裕久 氏

[聞き手]
一般財団法人日本データ通信協会
専務理事
井手 康彦

今回の対談相手は、急加速する日本の通信サービスを支えるとともに、利用者利益の保護のために官民一体となった課題解決の旗振り役を担う総務省・電気通信事業部長の古市裕久氏。同氏は電気通信事業分野に10年間在任し、実務面からICTの発展に尽力する古市氏に、わが国における通信分野の課題や将来性についてお話をいただいた。

電気通信事業の発展に向けた課題

   電気通信事業部長への着任は今年の7月ですね。おめでとうございます。まずは、抱負やビジョンなどをお聞かせください。

古市
 ありがとうございます。わが国の電気通信事業分野の発展は、民間事業者の方々の幅広い事業展開やサービス向上に向けた不断のご努力あってこそのものです。公正競争や利用者利益確保のためのルールの下での事業者間の切磋琢磨等が今日、国民生活に不可欠な社会経済活動の重要な基盤としての、世界最高水準のICTサービス、インフラを形作ったと考えております。

 今後この基盤をさらに普及・発展させていくことにより、ICTの利活用による社会的な課題の解決、生産性向上、イノベーションの促進、安心・安全な電気通信サービスによる国民生活の向上など、社会経済全体の発展につながるような取り組みをぜひとも進めていきたいですね。

   電気通信事業分野における課題は公正競争やセキュリティなど多岐にわたり、これまで以上に産業全体への幅広い視野が求められていますね。

古市
 様々な取組を進めるにあたっては、急速に変化する社会環境、ICT技術、新サービス・産業の動向等を十分に踏まえるとともに、国民利益向上にしっかりとつながっていくように、国民目線、利用者視点に常に配意していきたいと思っています。

モバイル分野の競争環境の整備

   社会のニーズに合わせて組織や施策を変化させていくわけですね。

古市
 そうですね。現在、我々が重点を置いている取り組みは、3つの柱に分けることができます。
 一つ目は、モバイル分野の競争促進、利用環境の整備です。現在、端末や料金プランの多様化によって利用者の選択肢は大きく広がりました。しかし、その料金体系やサービスの構成はまだまだ分かりづらく、複雑な点が多い。利用者が自分に合ったプランを自分で選ぶことができるような環境づくりを進めていかなければなりません。そのためには料金プランの選択肢を増やしていくだけでなく、利用者にとって分かりやすく、納得感のある料金・サービスの提供を促していく必要があります。

 いわゆるライトユーザーとヘビーユーザーでは求めるサービスも変化しますし、長期ユーザーに向けては新規ユーザーとは異なるサービスが求められます。これら多様なニーズに対応し、利用者の利用実態に合った料金プラン選択の促進を図っていきたいと思っています。
また、最近ではMVNO(通信インフラを持たずに、自社ブランドでモバイル通信サービスを提供する事業者)も存在感を増していますね。総務省では、MVNOの新規参入の促進に向けた各種施策を展開してきました。結果、MVNOは着実に増えており、一定の進展があったと考えています。

 MVNO参入増によって競争が進展し、料金の低廉化が促進されています。こうした中で我々も接続料の適正化やSIMロック(特定のSIMカードを差し込まなければ端末が利用できない動作制限のこと。たとえば、キャリアAで購入した端末にはA専用のSIMカードでのみ動作するよう設定されており、キャリアBのSIMカードでは利用できない。)の解除の円滑化など、利用者の自由度の向上、公正な競争環境の整備に向けた取組を行っています。

 具体的な取り組み事例の一つとして、総務省では平成27年に『携帯電話の料金その他の提供条件に関するタスクフォース』を、平成28年に『モバイルサービスの提供条件・端末に関するフォローアップ会合』を開催し、SIMロック解除や端末購入補助に関するガイドラインをまとめた「モバイルサービスの提供条件・端末に関する指針」を策定しました(http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban03_02000404.html)。
今後も、競争環境整備や、事業者間の協議の促進などの取り組みを続けて参ります。

安心・安全な利用環境の整備

古市
 2つ目の柱は、電気通信サービスを多様な利用者が安心・安全に利用できる環境整備です。安心・安全と一口に言っても、さまざまな要素があります。

 まずは利用者保護です。電気通信事業法の改正によって説明義務の充実が図られるとともに、書面交付義務、初期契約解除制度、不実告知等・勧誘継続行為の禁止など利用者保護のための規定が導入されました。各事業者にそのルールをしっかり遵守していただくために、我々としてはその実施状況のモニタリングなどを行い、制度の実効性の確保に努めて参ります。

 また、青少年のインターネット利用環境整備に向けて、利用者にとって使いやすいフィルタリングの実現を図るための取組を行うとともに、フィルタリング利用推進のための保護者向け啓発講座を新設するなど、周知啓発活動にも力を入れています。さらに、2017年6月、国会で青少年インターネット環境整備法の改正が可決されました。これにより、新たに、携帯電話事業者等に対し、携帯電話端末等の販売時に、契約の相手方又は使用者が青少年であるかの確認義務が課された上で青少年である場合には、フィルタリングの必要性等について保護者又は青少年へ説明することが義務付けられる予定ですので、改正法への対応も適切に行っていきます。

 個人情報保護の面では、2017年5月、改正個人情報保護法が全面施行されました。これを受けて総務省では、電気通信事業における個人情報保護に関するガイドラインを改正し、事業者への周知徹底を図っています(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/d_syohi/telecom_perinfo_guideline_intro.html)。その他、プライバシー侵害などのインターネット上の違法・有害情報への対策やスマートフォンのアプリケーション等における利用者情報の適正な取り扱いの推進に取り組むとともに、迷惑メール、携帯電話を悪用した特殊詐欺など電気通信の不適正利用の問題にもしっかりと対応して参ります。

情報通信インフラの整備

古市
 最後に、3つ目の柱としては情報通信ネットワーク環境の整備です。全国どこでも安定的に利用ができ、安全で信頼性が高く、利用者ニーズに的確に対応したインフラ整備が求められています。特に近年では、トラフィックの急増やネットワークの複雑化のほか、ソフトウェアでの設備管理拡大によるブラックボックス化などによって、通信環境のトラブルも複雑で多様化し、大規模かつ発生から解決までの期間が長期化するなど、より深刻さを増しています。

 こうした環境変化に対応できるようにするために、電気通信事故の検証・フォローアップ等による事故防止対策の実施や、ネットワークセキュリティを一層向上させていくための対応など安全・信頼性の向上に向けた取組を進めていきます。

 また、東京オリンピック・パラリンピックも見据えて、訪日外国人にも快適なICT環境を提供するための公衆無線LANの整備促進、国際ローミング料金の低廉化のための各国との協議等を進めるとともに、条件不利地域等において、地域活性化を図っていく上で必要不可欠な超高速ブロードバンド基盤の整備に対する公的支援も更に進めていきたいと考えております。

   これからの電気通信事業分野はモバイル全盛の時代が続くと考えられますが、一方で、固定電話の利用ニーズの変化はどうでしょうか。個人レベルでは固定電話を利用する機会は以前と比べてずいぶんと減った実感があります。

古市
 通信の主流がモバイルに移行したとはいえ、固定電話網は、基本サービスの提供、競争基盤の提供、ハブ機能の提供といった面で、日本の情報通信ネットワークの重要なインフラ基盤になっています。2025年頃に中継交換機等が維持限界を迎えること等を踏まえ、固定電話網をIP網に移行する構想をNTTが発表(2015年11月)したことを受け、情報通信審議会に対し、「固定電話網の円滑な移行の在り方」について諮問(2016年2月)を行い、IP網への移行工程・スケジュール・サービス提供条件等の明確化、利用者利益保護に向けた取り組み、IP網への移行に伴う競争ルールの見直し等についてご審議をいただきました。

 審議会での検討の結果、具体的な移行工程・スケジュール等については、メタルIP電話へのサービス切り替えは、遅くとも2022年1月には利用者周知を開始し、2024年1月に一斉切り替え、PSTNからIP網への設備移行は2025年1月までに完了させることが必要等の方向性を整理いただきました。また、INSネットデジタル通信モードなどIP網移行に伴い提供終了するサービスに関する代替サービスへの移行促進や周知等利用者利益保護に向けた取り組みについては、審議会が随時フォローアップするととともに、他の事業者によって十分に提供されないような電気通信サービスを終了する場合のルールのあり方を検討することが必要と提言されました。

 さらに、2021年1月から開始するIP-IP接続に対応した番号の適正な管理・利用等を確保するための制度整備を検討するとともに、2025年1月までの双方向番号ポータビリティの円滑な導入に向けた事業者間協議を促進するとともに、必要な制度整備を行うことが適当とされました。今後、必要となる制度整備や事業者の取り組みの促進等を着実かつ迅速に進めていきたいと考えています。

   インフラ整備という点では、災害への対応なども関わってくるのでしょうか。

古市
 安定的な通信環境の維持という点では災害対策は避けては通れません。
東日本大震災の後も、総務省では『大規模災害等緊急事態における通信確保の在り方に関する検討会』を立ち上げ、非常災害時の通信確保にどうやって取り組むかを示したアクションプランをつくりました。そのプランに基づいて各事業者の皆さまには、災害時に通信機能が確保できる体制づくり(ルートの複線化、電源の確保、燃料の確保)に取り組んでいただきました。

 また、東日本大震災での教訓を踏まえて、災害時に被災地へ搬入して迅速に通信ネットワークを応急復旧させることが可能なアタッシュケースで持ち運び可能なICTユニットを平成26年11月に実用化し、平成28年度から各地方総合通信局に配備しています。災害時に通信インフラがダメージを受けて使用できなくなったときに通信基地として代替できるユニットで、最近ではフィリピンにおいて、台風が来たときにICTユニットの実証実験を行い、有効性が確認されたためフィリピンの自治体での運用、導入が決定しました。ITU(国際電気通信連合)でも災害通信緊急システムとして認定されるなど、海外でも評価されています。
我が国の安全や信頼性の確保はもちろん、国際協力にも活かしていきたいですね。

日本データ通信協会への期待

   最後に当協会の活動についてご意見をいただければと思います。

古市
 日本データ通信協会様においては、情報通信セキュリティ対策、情報通信分野の人材育成、この2つの柱で事業に取り組んでいただいています。迷惑メールに関する情報収集、周知啓発や、特定電子メール法で規定された登録送信適正化機関として、この法律に違反したメールを受信した方からの申出に関する調査など、迷惑メール対策の推進に大きな貢献をいただいたほか、認定個人情報保護団体として電気通信事業分野における個人情報保護の推進にも大きな役割を果たしていただき、大変感謝しております。

 人材育成では電気通信事業法に基づく指定試験機関として電気通信主任技術者試験、工事担当者試験、平成27年4月からスタートした電気通信主任技術者講習などを実施していただき、わが国の情報通信基盤の整備、人材育成を支え続けていただいていると考えております。これら法律に基づく業務をこれまで効果的に遂行いただいていることに感謝を申しあげるとともに電気通信分野を取り巻く環境の変化を踏まえつつ安心・安全なデータ通信の整備に向けた取り組みを続けていただきたいと思っております。

【プロフィール】
古市 裕久(ふるいち ひろひさ) 氏
昭和61年 郵政省入省
平成17年 総務省 総合通信基盤局電気通信事業部 消費者行政課長
平成19年 同部 料金サービス課長
平成22年 同部 事業政策課長
平成24年 総務省 大臣官房会計課長
平成25年 総務省 大臣官房参事官(秘書課担当)
平成27年 総務省 大臣官房審議官(行政評価局担当)
平成29年 現職

(初出:機関誌『日本データ通信』第216号(2017年10月発行))