公共政策学と資格

一般財団法人日本データ通信協会 理事長 酒井 善則

 公共政策学という分野の入門書を初めて勉強してみた。私自身、総務省の審議会委員 等として情報通信政策について意見を言う機会は多かったが、あくまでも通信技術者としての意見であり、政策学という立場では無かった。マクナマラ元米国国防長官により導入 されたPPBS(計画プログラム予算システム)、ランド研究所を中心に開発されたシステム 分析手法等は実際的であるが、政策学全般としてはまだ政策立案過程の分析、評価が中心で、通信工学のようにこれを学ばないと通信システムの設計、運用ができないというものでは無いようである。ただビックデータの活用を行うと、政策結果の評価、政策に及ぼす 要因の分析も容易になり、実用的な学問として発展の可能性があるような印象であった。

 その中で資格についての見方は興味深かった。一般の方々と専門家には情報の非対称性が存在しており、より情報の少ないグループを保護する政策の一つが資格であるとされている。内科医師を例にとると、病気になった場合、殆んどの対処は薬の服用である。徳川 家康のように特別に当時の薬学の知識にたけている人物はともかく、私の場合は服用する 薬の選択を医師に依頼することとなるが、その医師のレベルをある程度保証する政策が資格であるとの見解は私にとっては新鮮であった。

 資格は情報の非対称性への対処と共に、資格保有者を保護する役割もある。最近、女性活躍施策について意見を言う機会が増えているが、わが国で活躍している女性の割合が小 さい分野の一つが電気情報通信の分野である。東京工業大学のこの分野の女子学生比率、 女性教員比率は1割以下である。この原因の一つが、電気情報通信の分野では、技術者を 保護する資格が少ないことにあるのではないかと考えている。他の職業を見ると、薬剤師 では約7割、医師で約2割、弁護士でも2割弱は女性である。工学でも一級建築士の約2割は女性である。出産、子育てで一時的に仕事から離れざるを得ない多くの女性にとって、資格は仕事復帰を容易にする有力な手段と思われる。電子情報通信学会の会長をしていた時も技術者の地位を守る資格を、学会として検討できないかと考えていた。

 日本データ通信協会では、電気通信主任技術者、工事担任者という国家資格と、情報通 信エンジニアという協会資格の試験・教育などを担当している。ネットワークのIP化が進 むにつれ、一般家庭にも交換機のような機能が設置されることにもなり、電話と比べて装 置の設置、運用が複雑化している。IoTの時代となると家庭内の機器もネットワーク化さ れることになり、セキュリティ対策も含めて複雑度は更に増してくる。このような時代で 利用者と専門家の情報の非対称性は大きくなり、それを補うための公共政策としての資格 の意義は大きくなる。更に資格そのものは、その保持者の社会的地位を高め、職業人として保護する役割も持つ。協会としては総務省と連携して教育訓練、試験のレベルを高め、公共政策および職業人保護の双方の観点から、IoTの時代に対応する資格を構築していくことが重要な責務であろう。

(初出:機関誌『日本データ通信』第216号(2017年10月発行))