5Gで拓かれる新たな社会の実現に向けて

KDDI株式会社 技術統括本部
モバイル技術本部 副本部長
小西 聡 氏

 本稿は2019年10月11日に大阪OBPクリスタルタワーで開催された「第52回ICTセミナー」(主催:日本データ通信協会)におけるKDDI株式会社モバイル技術本部の小西聡副本部長の講演の内容を取りまとめたものである。「5G」の商用化開始を来年に控え、世間では最新の移動通信技術が実現する未来に大きな関心が払われている。KDDIで5G開発の最前線を担う小西氏の講演には、5Gが普及した社会の具体的な姿のイメージを得ようと多くの聴衆が集まった。

■はじめに

 今日はKDDIでの5Gの取り組みについて紹介したい。今から、3つの点についてお話するが、皆さんにとって少しでもお役に立てれば幸いである。

 本日の内容の1点目は、なぜKDDIが5Gに取り組むのかについてである。「5Gの時代が来ているのだから、通信事業者としては当然取り組むべきだろう」というご意見はあろうが、それだけではなく、5Gを導入するための意義やストーリーをお伝えしたい。

 2点目として様々なユースケースをご紹介したい。弊社では総務省様の5G総合実証試験の枠組みも活用させていただきながら、多くの実験を行っているので、皆様に「こういう使い方ができるのか」という実感を得ていただければと考えている。

 3点目として、5Gの商用化に向けて待ったなしの時期に来ている中、今後の5G商用化と5Gの本格展開に向けてKDDIがどのようなことをやろうとしているのかをお話したい。

■我が国を取り巻く課題とKDDIが考える5Gの位置づけ

 皆さんもご認識の通り、我が国の長期的課題に「少子高齢化」がある。人口減少・高齢化に伴い労働人口が減少し続けている。具体的な数値を申し上げると、2015年から2030年にかけて、およそ850万人の人口が減少し、労働人口はそれ以上に減ると言われている。850万人という数字は現在の大阪府の人口とほぼ同じであり、日本のGDPを維持・増加するためには大きな問題である。

 そこで我が国のGDPを維持するために業務の効率化を進めていくことが社会の課題となる。私どもも電気通信事業者として様々なサービスを提供してきたが、これまで以上にお客様に便利なサービスを使っていただくとともに、新たなワクワクを感じていただけるようなサービスを提供していかなければならない。ユーザーの皆さまの用途やご要望はさらに多様化していくので、その流れにも対応していかなければならない。

 このような二種類の課題に対応していく必要があるのは、通信事業者のみならず業界を引っ張る皆さんの共通の課題だと思う。この共通の課題に対応していくために、内閣府は「Society5.0」という社会イメージを発表している。このSociety 5.0を実現するために5Gの役割や必要性をお話ししたい。 これまでの情報通信社会、つまりSociety4.0では、たとえば、情報を検索する場合は、キーボードを叩いたり、スマートフォンを操作したりするなど、みなさんが何らかのアクションをする必要があった。車でどこかに行くには、アクセルを踏み、ハンドルを動かす必要がある。「Society5.0」の社会になれば、必要な情報を入手する手間が減るだけでなく、これまで以上に有用な提案や推奨が含まれた情報が得られるだろう。また、車の運転についていえば、自動運転が実現されるだろう。これらを実現するために、フィジカル空間とサイバー空間の間で頻繁に、かつ大量のデータがやりとりされる。わかりやすい例で言えば、自動運転ではリアルタイムで信頼できる情報が得られないと事故につながってしまう。大容量のデータを低遅延で、かつ、さまざまな装置に対して送受信するためには、5Gが必要になってくる。

(出典:KDDI)

 私どもは電気通信事業者だが、KDDIは「通信とライフデザインの融合」という事業戦略を掲げ、様々な利用シーンでお客様のお役に立てるようにしたいと考えている。今年の5月には「Tomorrow, Together」と「おもしろい方の未来へ」という新しいブランドスローガンを発表した。ここにはいくつかのメッセージが含まれている。ブランドスローガンのビデオにもあったように、例えば、未来はどうなるか分からないけれど、その変化を楽しもうであるとか、お客様やパートナー企業様と一緒になってやっていきたいといった姿勢を示している。5Gを何に使うのかについては、私どもだけでは分からないことがたくさんあるので、皆さまと共に発掘していきたい。

(出典:KDDI)

■「社会課題解決」を目指した実証実験

 パートナー企業様とのユースケース発掘に向けて、KDDIは「社会課題解決」と「体験価値創出」という2つの軸で多岐にわたる様々な実証実験を全国各地で行ってきた。今日は、その中でいくつかの実証実験を紹介したい。

 まず、「社会課題解決」の軸から話をしたい。企業の皆様と話をすると、職場ではベテラン社員が減っているため、彼らの知見を如何に伝承するか、また「彼らの工数を如何に効率よく使うかが課題である」という話をしばしば聞く。このような課題に対して私どもがお手伝いできる部分がかなりあるのではないかと考えており、実際に、5Gを用いることでこのような課題の解決につなげられることをパートナー企業様と実証してきた。本日は、KDDIがこれまで実施してきた実証実験の中で、「建機の遠隔操作」、「Factory automation」、「スタジアムの警備」、「タッチレスゲート」を紹介する。

(1)建機の遠隔操作

 「建機の遠隔操作」は、ユースケースとしては、ダムの建設現場や災害の現場などで大きな建機を動かす場合を想定している。大型の建機を動かす技術者が年々減っている現実を受け、大林組様ではWi-Fiを利用して遠隔で大型建機を動かそうという実験をされていた。しかしWi-Fiの場合には電波干渉があり、通信が安定しないため、遠隔操作に必要な動画が乱れることがある。Wi-Fiに代わる手段として高速大容量で低遅延の5Gが期待されている。

 実験では、大林組様が実際に建設工事を進めておられる大阪府茨木市の安威川ダムにNEC様の5Gの基地局を建て、「ダンプカーとバックホー(ショベルカー)という二つの建機を遠隔操作室で一人の操作者が動かそう」ということを試みた。動画を見ながら操作者が建機を動かすのだが、やってみると臨場感が不足している。そこで音声と振動を伝えて不足している臨場感を補った。また、動画の画質と遅延時間のトレードオフについても工夫した。このように、KDDIは、単に5Gのネットワークをパートナー企業様に提供するだけでなく、パートナー企業様の課題を解決するために、ひざ詰めで協議を行い、ベストな解を出すテイラーリングを心がけている。

(2)Factory Automation

 本案件でのパートナーはデンソー九州様と九州工業大学様である。デンソー九州様の工場には製造用ロボットを制御するための配線が張り巡らされている。ロボット自体は動かないので有線回線の配線でも問題はない。しかしながら近年では部品が多品種化しており、以前に比べて工場のラインを頻繁に変更する必要があるのだとのこと。工場のラインを変更すると、製造用ロボットに接続されている有線回線を張り替え、有線回線の動作確認をする必要がある。よって、ライン変更のたびに工場の生産を止めざるを得なくなる。これが現状の課題である。

 この課題を解決するためには、有線回線による配線ではなく無線回線を利用すればよい。そこで、5Gの必要性を含めて検討を始めた。製造用ロボットのアームやアームがつかむ部品に関する三次元での位置情報を把握するために、三次元での位置を測定し、その情報を伝えるセンサーを用いた。三次元の位置情報をリアルタイムに理解し、その情報を製造用ロボットにリアルタイムに伝えなければならないため、5Gが有する大容量・低遅延の特性を利用した。

(出典:KDDI)

(3)スタジアムの警備

 次は、スタジアムでの警備である。パートナー企業であるセコム様としては、来年の東京オリンピックを見据え、非常に多い来場者の環境の中で、正確で効率の良い警備を目指されている。たとえばスタジアムでイベントや試合があると、スタジアムの内外にはたくさんの人が集まる。そのような環境で警備を行うために、来場者一人一人を注視する必要があるが、それを警備員で監視することは極めて困難である。カメラを通じた顔認識技術によって、あらかじめ登録した要注意人物を特定できたとしても、特定した人物が必ず問題を起こすとは限らないし、混雑しているスタジアムでは想定外の事象が生じうる。そこで、今回は人の挙動を把握できる「行動検知機能」という弊社の総合研究所が開発した技術を用い、来場者同士のトラブルの早期検知を目的とした実験を行った。行動検知機能では人間の骨格を認識するとともに、骨格の動きから挙動を認識できる。これによって、来場者同士がもみ合っているとか、来場者が転倒したなどの情報を瞬時に把握することができ、早期に警備員が現場に急行できるようにした。

(4)タッチレスゲート

 「タッチレスゲート」は日本航空様と共に実現した新たな搭乗ゲートである。皆様もご存知の通り、空港で飛行機に搭乗する際に乗客は搭乗券を搭乗ゲートにタッチしなければならない。しかし搭乗ゲートの数が限られているため、搭乗ゲートの前に長蛇の列が並び、乗客に負担を強いているほか、飛行機の定時運行にも支障をきたしかねない。日本航空様の目的は、搭乗時にお客様の負担を減らすとともに、効率的な飛行機の運行と地上係員の負担軽減である。

 タッチレスゲートを実現するためには、28GHz帯という高い周波数を使用した。28GHz帯のアンテナから照射される電波のビーム幅は狭い。KDDIはこの特徴を活かし、搭乗券の情報が入った5G端末がゲート前にいることやゲートを移動していることが分かるように、位置情報を把握する仕組みを作ることでタッチレスゲートを実現した。

(出典:KDDI)

 KDDIは様々なパートナー企業様と個別に検討を行っているが、このような個別の検討に加えて、パートナー企業様との合同検討や共同検証ができる環境を作った。当社では、この環境を「KDDIデジタルゲート」と名づけているが、日本航空様との取り組みはKDDIデジタルゲートを活用して生まれた事例である。

 KDDIデジタルゲートは、昨年の9月に東京の虎ノ門で初めて立ち上がったが、KDDIは今年の9月に大阪と那覇でもKDDIデジタルゲートを開設した。

(出典:KDDI)
(出典:KDDI)

■「体験価値創出」を目指した実証実験

 以下に紹介する事例は、「個人の課題」を解決するため、つまりお客様にワクワク感を提供することを目的とした事例である。

(1)スタジアムエンターテイメント

 最初に「スタジアムエンターテイメント」を紹介したい。これは昨年6月に那覇市の沖縄セルラースタジアムで行われたプロ野球の公式戦で実証したものである。5G専用のタブレット端末では、複数のカメラアングルを切り替えられるだけでなく、タブレット端末の画面上に指で好きな角度で選び、リアルタイムに選んだ角度の映像が見られるようにした。スタジアムでは、来客者が一旦着席すると、同じ角度でしか試合を見ることができない。そこで、座席を問わずに好きなアングルで試合を見ることができるほか、ホームベースでのクロスプレーを様々な角度から確認できるような録画機能も具備した。

 このような新たなサービスを創り出すために、KDDIはスタジアムに4K対応のカメラを16台配置した。カメラ間のアングルについてはKDDI総合研究所が開発した自由視点技術を用いて、複数の動画をリアルタイムに補間し、瞬時にお客様に提供している。お客様が選択するアングルは人それぞれなので、リアルタイムに個々の動画を送る必要がある。ここでも大容量・低遅延を活かした5Gが必要である。

(出典:KDDI)

(2)5Gを用いた自動運転

 自動運転の仕組み自体は自動車メーカー様が取り組んでおり、必ずしも5Gがなければ実現できないものではない。しかし、自動運転に求められている要件に、「自動車が正常に動かなくなった時や正常に動作しないときに、自動車を遠隔で操作できること」が含まれている。この遠隔操作を実現するために、大容量・低遅延の特徴を有する5Gを活用している。 今年の2月に国内で初めて、警察の許可をいただいて公道で二台の自動車の「遠隔操作付き自動運転」の実証を行った。自動車に不具合が発生したときには遠隔制御に切り替えて運転ができることを示す実験である。従来は4Gを用いた遠隔操作だったため、許可された自動車の移動速度は時速15Kmであったが、今回、5Gを用いることで時速30Kmまでの許可をいただいた。

(出典:KDDI)

(3)ドローンでの空撮映像伝送

 最後のユースケースはドローンを用いたリアルタイムの空撮動画配信である。今回は、愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶしまなみ街道で行われるイベント「サイクリングしまなみ2018」において、サイクリングの様子をリアルタイムで監視するとともに、その映像を来場者の皆さんに配信するというユースケースを実証した。

 今回の実証実験では尾道市側の出発地点である向島でドローンを飛ばし、ドローンで撮影するスタート地点の様子を4K動画で撮影した。これによって、スタート地点の状況を監視できるだけでなく、現地に行けないサイクリストの家族や友人らが4K映像を見て、楽しむことができる。4K動画なので、人物の特定も容易である。

(出典:KDDI)

■5Gの商用化や本格展開に向けた準備と研究開発

 KDDIは2020年3月に5Gの商用化を開始する。KDDIは総務省様から5G用の電波を割り当てていただく前から、これまで紹介したような様々な実証実験に加え、電波の伝搬特性といった技術的な実験を通じて、電波の有効利用に向けた検討を進めてきた。

 周波数割当の結果を紹介したい。弊社はSub-6と呼ばれる3.7GHz帯と4.5GHz帯で100MHz×2の帯域を割り当てていただいた。このうちの3.7~3.8GHzの100MHzはn78と呼ばれ、韓国や中国などでも5G用に割り当てているバンドクラスに含まれる周波数帯域である。ミリ波に関してもKDDIに割り当てていただいた周波数はn261のバンドクラスに含まれている。n261は、すでに米国で5Gとして使用されている。これらのエコバンドを活かして、基地局を低コストで開発できると考えている

(出典:KDDI)

 5Gは屋外のみならず屋内でも使われるため、工場やオフィスなどでの電波伝搬実験も進めている。

 5Gで割り当てられた周波数が4Gの周波数よりも高いために、電波のカバレッジエリアを拡大する必要がある。しかしながら、従来の屋内用アンテナではビルや建物のオーナー様の工事の許可を得にくい。そこで、KDDIでは、一見するとアンテナのようには見えない「可視光透過アンテナ」を開発している。このアンテナは、4Gのみならず5G用の周波数にも対応している。

(出典:KDDI)

■ネットワークスライス

 本日の講演でも紹介したように、5Gの時代には様々なユースケースが出てくることが容易に想像できる。通信事業者としては、このような異なるユースケースを一つの5Gネットワークでお客様に提供する必要がある。これを実現するための仕組みとして考えられているのが「ネットワークスライス技術」である。従来のネットワークでは一つの共通の回線の中に、音声や動画、Web、メールなどの異なるサービスが提供されているため、いわゆるベストエフォート的になっているところもある。しかしながら、社会基盤や人命、安全安心にも貢献することが期待されている5Gでは、ベストエフォートでは許されない。そこで、一つの回線の中にスライスと呼ばれる論理的なサブ回線を作ることで、スライス毎に品質保証することを目指している。

 KDDIでは、ネットワークスライス技術についての研究開発を進めている。本日紹介するのは、無線区間で4K動画とその他のユースケースを個別に管理し、無線リソースをそれぞれのユースケースに分けて管理・制御する技術である。

 ネットワークスライス技術は、5G時代に求められる技術であるため、KDDIは今後も国際標準化や研究開発を推進していく。

■最後に

 5Gは社会や個人の課題を解決する大きなフレームワークであるSociety5.0を実現するための重要な手段であり、KDDIはその推進に力を入れていきたい。5Gを活用するユースケースづくりには多くの企業や地方自治体の皆様と協力をしているが、今後もそれを続けていく。2020年の商用化開始はゴールではなく、あくまでスタートだと考えており、商用化以降に皆様に5Gを使っていただくための研究開発をこれからも続けていく考えである。

(本稿は「日本データ通信」編集部で作成した初稿に小西氏が加筆修正したものである。)