教育のICT化となりすまし

一般財団法人日本データ通信協会 理事長 酒井 善則

 私は昨年3月まで通信制大学である放送大学に勤務していた。通信制大学の究極の目的は、大学の機能としての質を落とさずに可能な限りICTで実現することだと思う。しかし、現実は放送大学にはスクーリングである面接授業、テレビ、ラジオ等の放送授業の期末試験である集合形の単位認定試験があり、ICTで全ての大学の教育機能を代替することは困難であることを実感した。大学の講義を公開するOCW(Open Courseware)、更にはQ&Aによる習熟度チェック機能も持つMOOCs(Massive Online Open Courseware)等のICT応用が進んでいるが、単位となる講義の全てをICT化するのは現状では困難なのかもしれない。教育には、何らかの形で学び手に学習させることと共に、学び手の習熟度をチェックする機能の2種類がある。現在の講義形態では、なるべく実際の教師から話を聞く、実際のモノを触ることが良いこととされ、実際の講師が遠隔にいる場合の遠隔講義、実際のモノに触るのが困難な場合のシミュレータによる教育が行われている。すなわち、仕方なくICTを導入しているのが実情かもしれない。AI(人口知能)の進歩により不要となる職業にまだ教員は入っていない。一方、講義そのものの改良も進み、学生からの主体的動きを中心としたアクティブラーニング、ICTの活用を中心として学生の能動性を増す反転授業等の考えが提案されている。当協会においてもeラーニングによる工事担任者養成課程(eLPIT)が行われているが、ICT化で特に困難なのは不正防止であり、なりすましの一種である替え玉受講のチェックも重要である。不正防止さえ実現できれば、能力あるいは習熟度チェックはICTの得意の分野であると思う。顔認証、人間の癖等により、リアルタイムに受講者のチェックを行う技術の開発が望まれる。

 一方、次世代を担う若者の能力低下は深刻な問題として取り上げられている。AIにより東京大学合格を目指す“東ロボ君プロジェクト”は現状では困難ということで断念した。一方、同プロジェクトのリーダーである新井紀子教授によると、一部の若い人の論理的な能力不足は深刻であり、ソフトウェアを勉強する前に日本語を勉強すべきではないかと述べておられる。同様の話は私の周辺の大学教授からは良く聞き、一部の大学で学生はAIにかなわなくなっているのかもしれない。このままでは、多くの技術者がAIにより代替可能という職業になるかもしれない。

 我が国のインフラである電気通信分野を設計管理する技術者については、AIの助けは必要であるが、AIにかなわない方にはなって頂きたくない。協会でも多くの資格試験を担当しているが、これらは東ロボ君が簡単に合格するようなものではあってほしくない。ただ、教育、習熟度チェック等は可能な限りICT化して、誰でも学びやすく、受験しやすい資格とする必要がある。ICTを利用してICTに負けない人材を育てる必要がある。ICTの教育への応用は産業としての魅力は十分でないとの意見も聞いたことがあり、電気通信分野の人材を育成する協会の責務も大きいと考えている。

(初出:機関誌『日本データ通信』第218号(2018年4月発行))