ICTセミナー:データ活用の時代を企業は如何に生きるか

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一般社団法人 情報通信技術委員会
事務局長
稲田 修一 氏

ブロックチェーンはIoTには関係ない? 視点を変える重要性

  今日の主題は「IoT/データ活用」だが、話の内容は主に2つある。1つ目は視点を変えて考えることの重要性、2つ目は創造的なIoT構築に適した開発手法である。

 「視点を変える」例として、まず「ブロックチェーン」を考えてみたい。ブロックチェーンと聞くと、ビットコインなど金融分野の新しい技術と認識される方が多いのではなかろうか。一般の方はそれで構わないのだが、IT企業の幹部の方は駄目である。
 ブロックチェーンの技術的な肝は「P2P」、「公開鍵暗号」、「ハッシュ関数」であり、それらの技術を活用して「分散環境で改ざんのない情報管理」、「時系列的な変更履歴管理」、「全ての人々による公開検証」などの機能が実現されている。つまり、データ改ざんが難しい分散型データベースがその本質なのだ。となると応用分野は金融に限らない。むしろIoTの様々なシーンで活用できると考えなければならない。
 例えば、温度管理が必要な医薬品の温度データの共有、製品データの改ざん防止などへの応用が考えられるし、サプライチェーンの高信頼化にも関係する。例えば、リアルタイムの品質データ共有により、製品の設計と実装の関係も変わる。そこにブロックチェーンの本質があるのである。
ものの見方は一様ではない。何の色に着目するかで見える景色が変わってくる。短期的に見るか、中長期で見るかで優先順位が変わるし、利益確保とリスク回避のどちらを重視するかで結論が変わる。立場を変えて考えることも重要である。企業の方は供給側の視点で考えられることが多いが、「お客様の視点」で考えることで新しいアイデアが出てくることがある。人は自分のポジションや経験などに起因する思考バイアスを持っている。視点を変えて考えるために、まずそれを是正することが重要だ。

リスクを先取りする勇気が求められている

 日本企業のIoT/データ活用に対する行動パターンを見ると、現状では積極的に取り組んでいる企業は少数派。取り組んでいない、あるいは取り組んだもののコストに見合う短期的リターンが見込めず拡大に消極的な企業が大多数である。
 この理由の一つは、利益を中心に経営判断を行っており、リスク回避の発想が十分ではないからだ。IoT/データ活用によって短期的に投資に見合うリターンを得るケースは少ない。したがって、利益確保の視点で考えると、IoT/データ活用を推進しない判断は合理的である。しかし、リスク回避の視点で考えると、それは間違った判断である可能性が高い。
 欧米・アジアの先進的な経営者は、競争や価値創造に関するパラダイム変化に危機感を持って対応している。現在のビジネスのやり方が時代遅れになるリクスを避けるためにIoT/データ活用に取り組んでいるのだ。気付きの誘発、意思決定の迅速化、全体最適の実現など、ビジネス革新に必要な知的判断をサポートするメリットを強く認識しているのである。ビジネスのやり方が急速に変化する時代だからこそ、短期的な利益確保より中長期でのリスク回避を優先する判断が重要なのである。

データの活用が競争や価値創造のルールを変える

 図表1は、20世紀の競争力や価値の源泉と、IoT/データ活用時代の競争力や価値の源泉とを比較したものである。空前の利益で内部留保が増えている企業が多いとの報道を目にするが、それには理由がある。昔は競争力確保や価値創造のための投資の対象は、大規模な生産財だった。それが今では優れたアイデアや技術に移行している。グーグルやアマゾンは、有望と思われるベンチャーを買収することに多額の資金を使っている。ところが、日本企業の多くはこれに消極的。もの余りで生産財への投資も減っているので、お金が余るのである。

図表1

 「カイゼンのツール」については、熟練者の勘と経験だけでなくデータ分析によるボトルネックの発見や業務プロセスの最適化が可能になっている。
 従来は工程ごとに管理を行っており、個別工程は把握し効率化していたが、全体は必ずしも見えていなかった。部分最適は実現していたものの、全体最適にはなっていなかったのである。全工程のデータを統一的な基準で取得し分析することにより、どこかボトルネックなのか、その工程を改善すればどのくらい生産性が向上するのかが分かるようになっている。課題が分かるとその解決に集中することが可能になる。需要増対応で工場増設を考えていたのに、ボトルネックとなっていた工程の改善でその必要がなくなったなどの話が聞こえてくる。熟練者の勘や経験も重要であるが、時代に合わせ新しいツールを使いこなすことも必要である。
 ハーバード大学経営大学院教授のマイケル・E・ポーターが製品やサービスをネットワークに接続しデータを収集・活用することによって、どのような価値が生まれるかを整理している(図表2)。

図表2

 製品やサービスの状態を把握し、必要な際に警報を出す「モニタリング」の機能を基に運用制御やカスタマイズといった「制御」の機能に進化し、予防診断サービスなど「最適化」につなげられるようになる。さらには、自動運用を実現したり、他の製品やサービスとの自動連携ができるようになったりするなど「自律性」を追求できるようにもなってくる。こうしたポーターの考え方は、あらゆる領域の製品やサービスに適用可能である。

解決すべき課題が明確でなければ成果は期待できない

 IoT/データ活用の際に往々にして陥りやすいのが、「データを収集して活用すれば、自然と価値が出てくる」という思い違いをすることだ。図表3を見ながら説明したい。

図表3

 様々なIoT/データ活用は皆この図に収れんすると言ってよい。すなわち、実世界のデータを収集・集積し、人工知能やシミュレータなども使って集積データを分析するのである。仕組みとしては同じなので、この仕組みを入れただけでは他社と差はつかない。価値創造の成否は、何のためにIoTやデータを活用するのかという目的の設定、活用法の優劣などによる。もちろん、データ量の多寡にも大きく依存する。
 その目的をモノづくりで考えてみたのが、図表4である。「非効率な工程の効率化や品質の向上」、「設備の稼働率の向上」などにIoTを活用している企業が増えている。普段なかなか気がつかない用途だが「コンプライアンスの向上」を目指してIoTを用いる企業もある。半導体業界では「検査の簡素化、省略」によって製造コストを下げ、利益率を高めている企業がある。

図表4

 図の青で囲んだ部分がプロセス改善に関わる価値創造、赤で囲んだ部分がサービス化などに関わるもの。「製品の提供からサービス提供へのビジネスの転換」や「新しいビジネスの創造」などにもIoT/データ活用は関わる。サービス化については、マーケティングの要素を考える必要があったり、イノベーティブな思考法を活用する必要があったりと、実現までのハードルはより高くなるが、この時に有効なのが視点を変えることである。「市場を観察する」、「お客様の立場になって考える」という姿勢がより重要になってくる。

様々な業界でIoT/データ活用が始まっている

 稼働管理では、工作機械の稼働データ収集による稼働効率向上や工程の効率化について多くの取り組みが行われている。人の管理についても、映像データなどを基に、作業姿勢や作業動作、動作時間、疲労度などをデジタルデータ化し、作業手順の遵守度合いを監視したり、負担の大きなプロセスを改善したり、作業が上手な人とそうでない人の違いを見つけて効率的な作業のやり方を教育するなどの取組みが始まっている。
 コンプライアンス関係では、例えば食品業界で衛生管理の一環として従業員が手洗いをちゃんと行っているかどうかを監視する仕組みを設けている場合がある。トラック業界では、運転手がどのような運転をしているか、必要な休憩をとっているかを自動的にモニターしている。農業の分野では、肥料の使用量や種類、農薬散布など農作業の記録をタブレットで入力し、有機栽培などの認証に利用している場合がある。
 こうしたIoT/データ活用の有用性の高まりは世の中の変化と大きな関連がある。例えば、モノづくりの分野では、価値創造の構造がピラミッド型から逆ピラミッド型へと転換しているのだ。

図表5

 従来は企画・開発・生産という機能の中で生産の重要性が高かった。ところが、生産現場の自動化が進み、技術面においてはソフトウェアの付加価値が高くなったり、生産工程のボトルネックを見つけて対応策を検討することが重要になったりと、企画開発機能の重要性がより高くなっている。
 AIやロボット技術の進展で人がいらなくなるという議論があるが、当面それは杞憂だろう。現在のAIはどこに問題があるかは教えてくれるが、その解決策は教えてくれない。生産現場で人は減っても、ロジスティクスを改善したり、生産プロセスを改善したりする部署には今までより多くの人が必要となる。

サービス化への転換にIoT/データ活用が生きる

 IoT/データ活用を「サービス化」や「コトづくり」に結びつける試みの一例として、農業機械大手のクボタの取組みを紹介したい。同社は「味の分かるコンバインで、最低限の肥料で美味しい米をつくる」のキャッチフレーズを掲げ、米作りの精密化に取り組んでいる。農機具に赤外線センサーを取り付け、米のタンパク質含有量や水分率などを計測している。水分率に合わせて乾燥機を稼働させることでコスト削減を図り、美味しい米を選別することでブランド化や販売拡大に貢献しようとしている。また、データに基づき、翌年度の肥料の分量などを調整し、施肥の最適化につなげている。

図表6

 クボタの「農業そのものの価値向上」という発想は興味深い。IoT/データ活用を進めると、顧客価値が見えてくるからである。農業機械というモノづくりの進化型として、モノの稼働管理という発想がまず出てくる。稼働管理は農機具の保守・運用を高度化することによって差別化を図ろうとする戦略だが、一層の価値創造を考えると農作業の利便性向上から農業そのものの価値向上という方向性が見えてくる。それで、クボタはその実現のためにソリューション提供に舵を切り、農業コストの削減や付加価値向上を図ったわけである。新しい価値を農家と一体となって実現するのがクボタの戦略である。
 GEも「Brilliant Hospital」という構想のもとで、医療機器の稼働情報や患者データ、医療機関のオペレーションデータなどを活用し、医療機関の課題解決に資するソリューションを提供している。医療機器の提供だけでなく、医療機関と協力し、その課題解決にまで踏み込んで価値を創造しようとしているのである。

図表7

 モノづくりだけだと同じ性能の競合製品が出てくると価格競争に陥る。保守・運用データがあれば、それによって新たな付加価値をつくることができ、参入のハードルが高くなる。さらに、ソリューション提供にまで踏み込めば、データの取得・活用範囲を格段に広げることが必要になる。この実現のため、農家や医療機関と一緒に試行錯誤をしながら価値創造することが求められる。これは参入のハードルがさらに上がることを意味している。先端企業は、このように稼働管理、それからソリューション提供に踏み込むことによって、他社が追随できない価値創造に向けて動き始めているのである。
 このような挑戦には一定の時間が必要だ。その間はなかなか利益に結びつかない。でも、しっかりと時間をかけて準備し、新しい価値創造に成功した企業は中長期的に競争力がアップする。相対的にライバルより高い利益率を実現し、最終的にライバルを買収するなどでさらに大きくなるという時代になっている。

IoT/データ活用で重要なのは「まずやってみる」こと

 IoT/データ活用における価値創造の手順をまとめてみよう。
 IoT/データ活用で特徴的なのは、事前に綿密な検討を行っても、それが価値発見に結びつかない場合が非常に多いことだ。「詰めが甘い。再検討!」と部下に注文する部長さんが多いと思うが、このやり方はIoT/データ活用の世界では間違っている場合が多い。
 必要なのは時間をかけて検討することではなく、「まずはやってみる」ことだ。そのために最初にやるべきことが「関連情報の収集」。ビジネスの動向や最先端事例を集めて、まずは調べる。次に「観察による課題発見」。ユーザ企業とベンダー企業とが一緒に市場や現場を観察し、課題を発見することが必要である。そして課題解決につながる「アイデア出しとその統合」を行う。知恵を出すのである。手順の最後に来るのは、迅速にプロトタイプを構築し、その有効性を確認する中で「アイデアの実証・展開」を行うことである。
 以前はアイデアを実証する「Proof of Concept」(PoC)のコストが高かったので、その有効性について時間をかけて議論し「詰める」ことが重要であった。これに対し、現在はオープンソースの活用が可能で、3次元プリンタを使って容易にモックアップをつくることができるなど、PoCコストが大幅に低下している。「詰める」ことでプロジェクトの開始を遅らせるより、迅速にプロトタイプを構築し、その有効性を確かめながらブラッシュアップする方が合理的なのだ。

図表8

 このプロセスはある企業の若手と議論する中から出てきたものであるが、実は「デザイン思考」の考え方と同じである。デザイン志向は、デザイナーの感性と手法を用いて顧客価値と市場創造を図ろうとするシリコンバレーで始まった価値創造の方法論だが、近年日本でも活用する企業や大学が出てきている。徹底的にお客様の立場に立って課題解決を行うところが特徴だ。このような方法論を実行することによって、お客様に満足を与えることができる。現場に行くと、切実な課題がたくさんある。その課題を解決することが価値なのだ。

IoT/データ活用ではモダンな開発とそれを支えるマネジメントが必要になる

 IoT/データ活用のための開発は、従来の開発とは異なるものになる場合が多い。まずは、要件定義や投資対効果の明確化が困難な場合が多い。お客様が漠然と課題を持ち込まれる場合が結構あるからである。もちろん、開発効果についても実証して判断する場合が多い。
 開発モデルとしてはウォーターフォールモデルではなく、リーンスタートアップやアジャイル開発などプロトタイプを迅速に構築し、試行錯誤を何回も繰り返しながら価値創造に結びつけるモデルが有効な場合が多い。新しい開発手法に対する抵抗感や不安感は大きいかもしれないが、開発手法もお客様の事情に合わせて選ぶべきである。
 IoT/データ活用のマネジメントでは、PoCコストの低下メリットを享受するため、まずやってみることが重要だ。「やってみもせんで何が分かる」とホンダ創業者の本田宗一郎が言っているが、これがまさに正しい考え方である。ただ、何のためにそれをやるのかはしっかり押さえておく必要がある。そして、価値創造にいたるまであきらめずに試行錯誤を繰り返す必要がある。その途上で目的が変わることもままあるが、それは当然のこととして織り込んでおくべきだろう。
 チャレンジを通じて役員や社員のマインドを変えていくことも必要だ。そのためには組織の将来像を明らかにすることが求められる。そしてそれを実現するストーリを描くことよって役員や社員の発想の転換を促し、挑戦する風土を実現していくのである。日本の企業は失敗に対する許容度が低いが、失敗を許しチャレンジする文化をつくっていかなければ未来は開けない。
 新しい製品やサービスは既存のものと利益相反になる場合がある。サーバとクラウドの関係に典型的に見られるように、モノ売りとサービス提供は得てして利害がぶつかる。しかし、この時に守るべきものは既存ビジネスではない。それはお客様にとっての価値だ。お客様が将来求めたくなるものが本当の価値だと信じて進むこと、これが価値創造、そして企業の成長につながるのである。

本稿は2017年11月21日に開催された日本データ通信協会主催「第45回ICTセミナー」における稲田氏の講演『IoT/データ活用による価値創造の本質ともモダンな開発』の内容を、講演者監修の下編集部で取りまとめたものである。(編集部)

【プロフィール】
稲田 修一(いなだ しゅういち)氏
1979年郵政省(現総務省)入省。近畿総合通信局長、大臣官房審議官等を歴任。2012から2017年、東京大学先端科学技術研究センター特任教授。2016年より現職。近著に『知識ゼロからのビッグデータ入門』(2016年・幻冬舎)がある。