タイムスタンプからトラストサービスへ


一般財団法人日本データ通信協会
タイムビジネス部長
伊地知 理

日本データ通信協会は、2005年2月に「タイムビジネス信頼・安心認定制度」を創設以来、タイムビジネスの普及及び促進に寄与すべく事業を行ってきました。制度発足から2ケ月後の2005年4月にはe-文書法が施行され、タイムスタンプの需要が急拡大するであろうと思われましたが、実際には、利用企業等において、紙文書のデジタル化はなかなか進展せず、タイムスタンプの普及も期待と大きく乖離したものでした。
しかし、ここ数年は、電子帳簿保存法スキャナ保存制度の要件緩和や、知財保護、医療情報、電子契約等の分野で、タイムスタンプの利用が急速に進んでいます。タイムビジネス信頼・安心認定制度は、タイムビジネスのうち十分な信頼性及び安心性を確保しているものに関して認定しており、ようやく、その真価を発揮できる時代になったとも言えます。そして、EUに目を向けると、2016年7月に全面施行されたeIDAS規則にトラストサービスが規定され、電子署名やタイムスタンプ、eシール、電子デリバリ等を包括的に捉え、その信頼性を確認できる仕組みの構築が進んでいます。デジタル化社会に国境線は無く、次なる使命として国際相互承認へ向けた準備が必要とされており、いま、タイムスタンプからトラストサービスへと裾野を広げた活動が求められています。

トラストサービス推進フォーラム(仮称)の創設に向けて

認定タイムスタンプ?

 「タイムスタンプ」と聞いたときに何を思い浮かべるでしょうか?出退勤時に刻印する紙のタイムカードをイメージする人もいれば、パソコンのファイル一覧に表示される作成日時を思い浮かべる方もいらっしゃると思います。タイムビジネス信頼・安心認定制度で扱うタイムスタンプは、それらとは異なるもので、総務省の「タイムビジネスに係る指針」(平成16年11月5日)に定義された暗号技術を用いるタイムスタンプです。即ち、「電子データがある時刻に存在していたこと及びその時刻以降に当該電子データが改ざんされていないことを証明できる機能を有する時刻証明情報」です。実際にはインターネット技術標準のRFC3161に準拠したデジタル署名を使用する方式のタイムスタンプ等が用いられます。電子データを一意に特定できるハッシュ値(「電子データの指紋」のようなもの)に、時刻認証事業者が時刻情報を付与してデジタル署名を施すのです。ところが、時刻認証事業者でなくても同様のデータ形式をもつタイムスタンプを生成することは可能です。また、時刻認証事業者であっても処理するサーバの時刻が正しいかという疑念も抱かれますし、サーバをリセットし日付さえも誤っていたというような事故も起こりかねないのです。
 そこで必要とされるのが、指針に規定した「時刻配信事業者」で、時刻認証事業者に対する時刻配信業務と時刻監査業務を行います。何度も測り直しできる「長さ」や「重さ」と違い、「時刻」や「日付」の証明には、どうしても第三者による「証」が求められるのです。日本データ通信協会の認定を受けた業務において発行されたタイムスタンプこそが「認定タイムスタンプ」であり、デジタル化社会の信頼を支えるインフラ的なサービスとなっており、活用領域が拡大しつつあります。

e-トラスト・ジャパン宣言!

 日本データ通信協会が事務局を務めるタイムビジネス協議会は、平成28年9月、設立十周年を機に、本格的なIoT時代の到来に向けて「e-トラスト・ジャパン宣言!」を発表しました。高い信頼性が求められるあらゆるデータにタイムスタンプが付与されることにより、データ偽装のない社会の実現を目指すものです。社会問題となった、杭打ち、燃費、銅線強度、薬液注入量、エアバッグ、排ガス濃度、免震等に係る各種データにおいても、タイムスタンプの付与がデータ改ざんの防止や捏造の抑制に寄与することが期待されます。具体的な取組内容として、タイムスタンプのみならず電子署名その他のトラストサービスが寄与できる領域にも視野を広げ、e-トラスト・ジャパン実現のために産学官関係者が集う場「トラストサービス推進フォーラム(仮称)」の創設を掲げました。
 そして、その後、タイムビジネス協議会は、協力関係にある団体等に「e-トラスト・ジャパン宣言!」の趣旨を説明し、共に、トラストサービスを推進する流れが形成されました。

図1:e-トラスト・ジャパン宣言!

「トラストサービス研究会」発足

 平成29年5月18日、「e-トラスト・ジャパン宣言!」の実現を目指し、一般財団法人日本情報経済社会推進協会(会長:牧野力、英文名称:JIPDEC)、特定非営利活動法人日本ネットワークセキュリティ協会(会長:田中英彦、略称:JNSA)、電子認証局会議(会長:宮脇勝哉、略称:CAC)、タイムビジネス協議会(会長:山本隆章、略称:TBF)の4団体で、トラストサービス研究会を発足しました。研究会の事務局は、日本データ通信協会が務めます。

 この研究会は、「トラストサービス推進フォーラム(仮称)」創設に向けた準備組織という位置づけで、4団体のメンバーのほか、手塚悟慶應義塾大学特任教授、米丸恒治専修大学教授がアドバイザを務め、総務省もオブザーバとして参加しています。今年度中の「トラストサービス推進フォーラム(仮称)」の創設を目指し、会合も回を重ね、8月31日には第4回研究会が開催されました。新たなフォーラムを設立するには、まだまだ議論を深める必要を感じておりますが、こらから加速し、設立準備を進めて参りたいと思います。

図2:トラストサービス研究会の様子

認定タイムスタンプ利用登録制度について

制度創設の背景

 電子帳簿保存法スキャナ保存制度に対応する場合、「国税関係書類の電磁的記録によるスキャナ保存の承認申請書」を提出することになりますが、その申請書の中には、「タイムスタンプの付与に関する措置」という項目があります。「事業者の名称」を記入し、「一般財団法人日本データ通信協会が認定する業務に係るタイムスタンプである」という項目に該当することを確認し、チェックする必要があります。あるとき、スキャナ保存に取組もうとする事業者の方から、「自社で導入しようとしている仕組みが認定タイムスタンプを利用しているのか判らない」というご相談を頂きました。電子帳簿保存法スキャナ保存対応を謳う「会計クラウドサービス」を利用しようとされていたのです。日本データ通信協会のタイムビジネス信頼・安心制度では、時刻認証業務を認定し「認定マーク」を付与しているのですが、これは、審査基準に適合し認定を受けた証であり、あくまでもタイムスタンプを発行する事業者に限ったものです。
 しかし、実際には、時刻認証業務認定事業者と直接、タイムスタンプサービスを契約するパターンだけでなく、お問い合わせの例のように、クラウドサービスを利用することで、その機能の一つとして、タイムスタンプを取得するケースもあるのです。また、クラウドサービス事業者から「認定タイムスタンプを利用していることを示すマークが欲しい」といった要望を受けることもありました。このような背景から、認定タイムスタンプの流通に係る事業者を登録し「登録マーク」を付与する制度をスタートすることとなりました。

図3:認定タイムスタンプの流通
図4:認定タイムスタンプ利用登録マーク)

制度概要と登録のススメ

 認定タイムスタンプ登録制度は、認定タイムスタンプを利用するエンドユーザ企業、流通に係る事業者等、その位置付けに制限は設けていません。それぞれのビジネスで扱う電子データに関して、十分な信頼性確保の措置を実施していることをアピールすることが事業促進に繋がるならば、是非、登録をお勧めします。認定タイムスタンプの利用が法令等で定められた分野のサービス等において集客効果があることは勿論、知的財産に関しては認定タイムスタンプ利用登録により、他社による流用や模倣の抑制に繋がりますし、医療機関等でも信頼感が向上するというメリットがあります。

図5:認定タイムスタンプ利用登録制度概要)

登録マークはトラストの証

 4月の制度スタート以来、順次、登録が進み、8月1日現在で、9事業者19件のサービス又は業務が登録となりました。これらのサービス等は、認定タイムスタンプを利用しているという点において電子データの信頼性確保がなされているものです。将来的には、日本の「トラストサービス」としてトラストリスト(ホワイトリスト)に登録されるものと期待しています。

図6:認定タイムスタンプ利用登録 登録事業者一覧

タイムスタンプの利用状況に関する報告書

 総務省は、平成29年6月8日に「平成28年度 電子文書の保管におけるタイムスタンプの利用状況に関する調査報告」を公開しました。報告は、日本国内の官民におけるタイムスタンプ利用の現状を詳細に示し、さらに、EU市場の現状についても記載されています。EU(欧州連合)は、1999年の電子署名指令(e-Signature Directive)に置き換わるものとして、2014年7月に電子取引に関する電子認証(eID)および電子トラストサービス(eTS)に関するEidas規則(Regulation(EU)N0.910/2014)を成立させました。このなかにトラストサービスが規定されており、具体的に5つのサービスが示され、タイムスタンプも含まれます。今後、創設するトラストサービス推進フォーラム(仮称)においても、eIDAS規則は参考になるものであり、EUの動向も注視する必要がありそうです。
 タイムスタンプからトラストサービスへ。デジタル化による利便性を存分に享受する一方で、デジタル情報の信頼性を確保し、安心・安全を守り続けたいものです。

図7:報告書目次抜粋
図8:eIDAS規則におけるトラストサービス

(初出:機関誌『日本データ通信』第216号(2017年10月発行))