“電子作業場”を提供することで契約書業務を効率化する『Holmes』

株式会社リグシー
代表取締役 CEO
笹原 健太 氏

契約書の作成・管理に的を絞ったクラウドサービス『Holmes(ホームズ)』で俄然ビジネス界の注目を浴びてきた企業が株式会社リグシーである。法務系の人材が乏しい中小企業から契約業務効率化の可能性に気がついた大企業まで、その顧客層は急速に広がりつつある。電子契約の普及も見据え、タイムスタンプを備えた同サービスの現在を、昨年までは弁護士としても活動していた代表取締役 CEOの笹原健太氏に訊いた。

「世の中から紛争裁判をなくす」という志が起業につながった

 2017年3月に株式会社リグシーを設立されて、8月には契約書作成・クラウド締結サービス『Holmes』を開始されています。『Holmes』はマスコミやWebメディアが競って記事にするなど注目を集めています。このサービスを始めた理由を教えてください。

 私は弁護士として顧客企業の裁判を多く担当していたのですが、勝訴したクライアントもそれほど幸せそうではないなという感覚がありました。裁判は費用も手間もかかりますし、紛争の相手は取引であったり、以前の従業員であったりすることがほとんどなので、人間関係も失います。ですから、そもそも紛争裁判がない方がいいのだと思いました。

 そこで契約書に注目された。

 裁判が何故起こるのかを考えてみると、取引関係の裁判では契約書の不備が大きく関わっています。契約書がないことがままあるし、最初は作ったものの長い取引の間で、口約束で行われている実態と契約書の内容とが合致しなくなっている場合があります。「契約書さえきちんとしていれば、こんな紛争は起きなかったのに」「もっと簡単に紛争は解決できたのに」と思うケースが私の体感では8割ぐらいはありました。

 そこで契約書をしっかり作りましょうといった啓蒙活動を始めたのですが、契約書を作るのは面倒くさいし、費用もかかる。なかなか作ってもらえないのですね。では、契約書は大事ですよと正論を言う前に、簡単に契約書を作れるシステムがあればいいのではないかと立ち上げたのが㈱リグシーです。

契約書を作成する面倒を解消する

 現在はクラウド上の契約書サービス『Holmes』を開発・販売しているのですね。

 会社は「契約書をつくらない理由をなくす」というビジョンを掲げています。私は弁護士として企業が契約書をつくらない理由を耳にしてきていたので、それらすべてをなくしていきたいということです。

 契約書が整備されていない理由は色々とありますが、そういった企業にとっては、ともかく契約書を作成するのは面倒くさいんです。その面倒臭さを解消するサービス、簡単に契約書を作ることが出来るようにするサービスが『Holmes』です。

 規制分野におけるAIやブロックチェーン、ビッグデータ解析などのテクノロジーによる付加価値創造をテーマにした日本経済新聞社のイベント『REG/SUM(レグサム)』(2017年12月開催)で笹原さんは「SBIグループ賞」を受賞していらっしゃいます。

 審査員の方からは課題設定が素晴らしいということと、それを解決するためのソリューション開発が優れていると言っていただきました。

 私自身はテクノロジーには疎くて、プログラミングをやったりすることもありません。最初のうち外注を頼ったりしたのですが、なかなかうまくいきませんでした。そんな中で現在のCTOが協力してくれ、出来てきたのが『Holmes』です。成り行きで始めた部分もあるのですが、いいプロダクトを作れば売れるのではないかと思ったことは事実です。

 でも、最初は全然売れませんでした(笑)。スタートアップ企業ってそんなものなんだなと、実際にやってみて実感しました。ご縁があった会社さん向けに開発をしていったら、それが楽しくなってきたという感じでしょうか。

 『Holmes』はIBMの開発した人工知能『Watson』と連携して契約書を作成すると紹介されています。

 NHKの記事などで「AI弁護士」などと書かれてしまったのですが、今はAIとは少し距離を置いています。当初はAIに特化した開発を進めていこうと思っていたのですが、2つの問題があって、1つは、顧客の抱いている課題はAIが得意とする自動作成といった分野よりもはるかに手前にあったということです。2つ目はAIの現在の能力ではお金を取れるプロダクトを作るのが難しいということがあります。

 電子契約のサービスは締結を行う部分にフォーカスしたものが主流で、契約書を作るところに着目したサービスはあまり聞いたことがありません。

 競合する電子契約サービスの会社が設定している課題は「郵送コスト削減」や「印紙コスト削減」による経費削減にあります。私たちの課題設定はそれとは少し異なっています。100人以上の企業だと特に顕著なのですが、我が国では契約を取った後の社内承認フローが長くて、契約書が出来るまでに1ヶ月、2ヶ月とかかる場合が少なくありません。契約書を締結する前にサービスが始まってしまうといったことが起こってしまいます。

 私は、これを社内コミュニケーションの問題だと考えました。何故コミュニケーションの問題が起こるかと言えば、顧客と複数の社内部門とのやりとりとがあり、場合によってはそこに顧問弁護士が加わるなど煩雑なやり取りが発生するからです。これが1つめの課題設定です。

 2つ目の課題に、そもそも契約書や関連書類を探すのが大変だということがあります。例えばある上司から「A社さんとの契約書はどこにある?」と尋ねられた管理部門では、契約書をファイルの山から探すのに手間がかかることが少なくありません。さらに「ここの条件はなんでこうなっているんだっけ?」などと訊かれ、慌てて過去の書類や電子メールなどに一所懸命に当たるということが起こっています。契約書と契約に関する情報の管理が一元化されていないということです。

 これらが、私たちが解決したい課題です。企業の方とお話をすると、これらの課題設定のうち、少なくとも一つには共感を示してくれます。従業員数1万人以上の大企業からも問い合わせをいただいていたり、導入をしていただいており、現状では管理の効率化に資する点に高い評価をいただいていると感じています。

『Holmes』は数々の手間を解消する「デジタル・ワークプレイス」

 私たちは、『Holmes』を「デジタル・ワークプレイス」と呼び、契約書に関する作業場だと捉えています。電子契約システムではなく、“作業場”なんです。

 『Holmes』では、テンプレートを用いて画面上で契約書の案を作成できます。その後のやり取りは、社内でのレビューも、社外との契約書ドラフトのやりとりも、すべて一つのURLに紐付いたワークプレイスの画面で出来ます。締結もURLのやりとりで出来ますから、電子メールの添付ファイルで契約書のやりとりを行うなどという作業が発生しません。そのURLを呼び出せば、常に最新の契約書にアクセスできるわけです。

 「レビュー」という機能があって、例えば作成者が上司に対して契約書のサマリーを知らせたり、コメントしたりすることが出来ます。上司はだいたいサマリーしか見ませんから(笑)。上司がそれに対してコメントをすると、それが履歴として残ります。一つのURLを共有するだけでそれが出来、添付ファイルを送るなどの手間がいりません。契約書自体とサマリーを別個に送る必要がないのも利点です。上司はURLを開けば、「ワークプレイス」上でその契約に関わるすべての情報が一覧でき、誰がコメントをし、誰が承認をしたかも記録が残ります。

 話を伺う前は、作成はテンプレートをいったんダウンロードをして、それを編集するのかと思っていました。

 Web上でダイレクトに編集できるから、URLでのやりとりが可能になっています。もうすぐ発表する予定なのですが、契約書の各条項を自動で検知して、金額や締結日などを『Holmes』が自動的に表にし、CSVで抽出できるようになります。管理部門の人たちは契約書の内容をEXCELで一覧表にして管理している場合が多いので、そうした稼働が節約できます。

 テンプレートは建物や土地の売買、業務の発注・請負、秘密保持などが用意されていると聞きましたが?

 ある弁護士事務所が知財関係のテンプレートを100種類ほど無料で提供してくれていて、その分野もすでにかなり充実しています。

「紙」と「電子」の二者択一は難しい

 「紙締結」という機能があって、これがいまクライアントのニーズに最も刺さっているのですが、作成・承認した契約書に対して「紙で締結する」という選択肢をクリックすると契約書がPDFファイルでダウンロード出来ます。そこに押印し、それをスキャナー保存して『Holmes』にドラッグ&ドロップで戻すと、それが正規の契約書として自動的に置き換わります。

 つまり、サマリー、承認過程でのコメント、変更履歴が契約書そのものと一元的に管理されるわけです。見積書などの関連書類もそこに置くことができますから、後から「何故こうなっているんだ?」と質問する上司はいなくなります(笑)。

 従来どおり紙の契約書での締結は変えずに、『Holmes』は作成・承認・管理の部分を行うことが出来ます。同様なサービスを提供している他社は『Holmes』とは逆に、作成・承認・管理の部分をオフラインで行い、締結をオンラインで行うのが一般的で、当社のサービスは、もちろん相手が望めば締結もオンライン上で出来ますが、発想としてはその逆です。

 契約書が紙ではタイムスタンプが出る幕がなかなかありませんね(笑)。

 タイムスタンプを推進しているお立場からすると望ましいとは言えないかもしれませんが、実は電子契約普及への近道ではないかと私は思っています。

 電子契約は取引相手がいることなので紙での契約がまだ主流ですが、あらゆるモノが電子化していますから、契約書にも電子化の流れは確実に来るはずです。まずは「管理部門の課題解決を目的に使い始めた『Holmes』で電子契約が出来るらしい」となるのが自然な成り行きではないかと思います。今、企業に対して「紙か、電子か」と二者択一を迫るのは難しいのではないでしょうか。

 導入企業の業種に特徴はありますか?

 上場企業も多く、サイバーエージェント系の会社にも多くお使い頂いていますが、業種ではとくに大きな偏りはありません。それよりも、会社規模で、100人以上の企業で興味を持たれる場合が多いのが特徴です。もちろん、社長さんが自ら契約書を作成しているような中小のお客様からも多くお使いいただいているのですが、従業員が100人を超える企業では、契約業務量が飛躍的に増えて、課題観が大きくなってきます。なんとか効率化を進めたいと考えている企業様からメディアで記事を読んでお問い合わせをいただくケースが増えています。当事者である管理部門から声が上がっているのは、当社としては嬉しいかぎりです。

タイムスタンプの利用、本人性担保の問題

 「認定タイムスタンプ事業者」にご登録をいただきました。『Holmes』でタイムスタンプを採用した理由はなんでしょうか?

 セキュリティです。サービスを開始する以前は『Holmes』を電子契約のシステムとして売り出すことを考えていたので、本人性の確認と改ざんが問題になると考えました。改ざん自体を完全に防ぐことは出来ないとしても、改ざんをされたことが検知できるタイムスタンプの機能は重要だと思い、アマノのタイムスタンプを導入しました。

 『Holmes』にはタイムスタンプの料金は最初から含まれているのですか?

 含まれています。

 先程のお話では紙の契約が主流だとお聞きましたが。

 それでも、電子契約の利用数は増えているのではないでしょうか。正確な数字は把握していませんが、『Holmes』の顧客の利用状況を見ると電子契約を頻繁に使っているお客様は少なくありません。

 電子証明書を用いた電子署名はお使いになっていますか?

 使っていません。セミナーの講師としてご一緒した専門家の方に文句を言ったことがあるのですが(笑)、紙の契約では認印でも有効なのに、契約行為を効率化するはずの電子署名法で本人性を担保するために面倒な手続きが必要なのはどうかと思います。

 そうすると本人性の担保はどのように行っているのですか?

 これについては法解釈も関わってくるのですが、電子署名を用いた本人性の担保はしないことにしています。『Holmes』の場合、電子契約の際にURLを抽出して電子メールやMessenger、LINEなどを用いてそのURLを送るのですが、そのMessengerやLINEが乗っ取られて誰か別の人物が締結をするということほぼ考えられないのではないかと思っています。万が一裁判になった時でも、「二段の推定」で本人がハンコを押したことは推定してもらえ、文書の成立の真正について実質的な立証責任が相手に転換するのではないかと考えています。

 そうすると、電子署名で問題なのは本人性ではなく、権限ではないのかと。紙の契約書実務もそうなのですが、代表が自らハンコを押す会社もあるとはいえ、多くの会社では事務の担当者が押すわけです。紙の契約では「表見代理」といって無権代理人が行なった代理行為の責任を本人に負わせる制度がありますが、電子署名にその仕組はありません。しかし、代表者が自分で契約書を相手のメールアドレス宛に送るかというと、実際にはそれは考えられません。とするならば、本人性の問題よりも、委任の制度をしっかりとするのが重要ではないかと思うのです。権限は容易に推定が出来ないと私は思うので、ならば推定をどうやったらさせてあげることが出来るのかが問題になります。しかし、電子契約は契約を簡単にしたいから導入しようとしているのに、契約の相手方にも面倒な手続きが求められてしまうと、「紙でいいよ」となりかねません。その辺りをクリアにしていくことで電子契約の普及は進んでいくのではないかと思います。

(インタビュー:日本データ通信協会タイムビジネス部 伊地知、森岡)