ネットワークの中立性に関する検討の状況

総務省総合通信基盤局 電気通信事業部
データ通信課長  山路 栄作 氏

 本稿は2019年6月20日に開催された第51回ICTセミナー(主催:日本データ通信協会)において行われた総務省電気通信事業部の山路栄作データ通信課長による講演の内容を編集部において取りまとめたものである。
「ネットワークの中立性」とは何か、いま何故それが課題とされ、何を議論しているのか。理念と現実、重層する課題を平易なことばで理路整然と紐解く山路氏の講演は、これからの我が国のネットワークの在り方を理解するうえで格好の機会となった。

1.「ネットワーク中立性に関する研究会」の開催

 本日は総務省のデータ通信課が中心となり色々な方々と検討している「ネットワーク中立性」に関するルールの検討状況について説明をさせて頂きたい。
 総務省の総合通信基盤局では電気通信事業における競争ルール全般について包括的な見直しに取り組んでいる。レイヤごとに多くの課題が見えてきているため、それらをいくつかの研究会で分担して検討を進めている。

 今日お話をするテーマは「ネットワーク中立性に関する研究会」で議論を行っているが、それぞれの会議体で行っている議論では課題が重なるところもあって、連携をしながら進め、全体を情報通信審議会で取りまとめるということで検討を進めている。
「ネットワーク中立性に関する研究会」のスケジュールは下表のとおりで、今年の2月から3月にかけて中間報告書案について意見募集をし、4月10日に中間報告書として公表している。その内容を本日紹介させて頂く。

出典:総務省

2.増大するトラヒックと変転する利用形態

 皆さんご承知の通り電気通信分野の動きは速いが、特に我々が課題として認識しているのがトラヒックの急速な伸びである。総務省が関係事業者の協力を得て 、 我が国全体の固定通信を中心としたトラヒックを推計し始めたのが2004年である。現在はISP9社とIX事業者にご協力を頂き数字を取りまとめており、年率で20%から40%ほど伸びている。

 トラヒックが伸びるとインフラの投資が必要となり、通信事業者はたいへんな状況になる。場合によってはトラヒックの増加に投資が追いつかないような場合に速度を低下させるなどの対応を行うわけだが、そうしたことがいいのかを検討するのが「ネットワーク中立性に関する研究会」の1つのテーマである。

 1契約当たりのトラヒックの推移を見ると、一人の利用者が使うトラヒックも着実に増加してきている。2006年、2007年の頃に、トラヒックがずっと伸びていて通信事業者の方々もたいへん困っているということもあり、「ネットワーク中立性に関する懇談会」を総務省で開いた。その際に問題になったのが、Peer to Peerのアプリを使うヘビーユーザーの存在であり、そうしたトラヒックを抑えようという議論が行われた。最近では動画視聴が普及してきてトラヒックに占める割合がたいへん大きくなっている。つまり、一般の方々が多くの帯域を使うようになってきたわけで、そうした状況の変化に合わせた新たなルールが必要ではないかと検討を進めている。

出典:総務省

 次図は2006年から2007年にかけて開催した「ネットワーク中立性に関する懇談会」の頃と比べて環境が如何に変化したかをコンテンツ、ネットワーク、通信端末の3つのレイヤごとに示したものである。2006年以降、コンテンツでは動画の配信サービスやSNSが普及したり、クラウドサービスが出てきた。最近ではビッグデータを使うようなサービスも出てきている。

 ネットワークではFTTHが急速に普及し、高速化が進み、無線でもLTEのサービスが始まるなど高速化は進んできた。端末の分野でもスマートフォンが普及してきたりして、以前とは異なるネットワークの使い方が出てきたことから、これらを踏まえた検討が必要となった。

出典:総務省

3.インターネットが果たしてきた役割と利用者の権利

 「ネットワーク中立性」とは何か。これについては「ISP(携帯電話事業者を含むインターネットサービスプロバイダ)がインターネット上のデータ流通を「公平(無差別)」に取り扱うこと)」がざっくりとした定義として皆さんのコンセンサスになっている。

 何故それが重要なのかを考えるために、この研究会ではインターネットが果たしてきた役割をまず振り返った。大きく分けて3つあるのではないかと整理した。

 最初が「世界中の人・端末とつながる高度かつ低廉な通信手段の提供」をインターネットが提供してきたという点である。皆さんがご承知の通り、インターネットプロトコルという標準化された規約で様々な通信事業者が運営するネットワークが相互に接続されていることによって、エンド・ツー・エンドで様々な情報を送受信できるようになっており、以前は高額だった国際通話もインターネット上のサービスとして実現されるなど、多彩な通信手段の役割を果たしてきている。

 2点目として、インターネットは「自由かつ多様な表現の場の提供」となっており、表現の自由を行使する場所としての役割も果たしてきたと考えている。

 3点目として、様々な人たちがアプリを提供したり、インターネットを活用してビジネスを行ったり、実社会で提供されていたサービスがオンラインで効率的にできるようになった。つまり「イノベーションの場の提供」という機能を果たしているということができる。

 こうした3つの役割を果たすことによって、実社会における効率化・利便性の向上を果たしたり、新たな市場を創出したり、あるいは社会の公平性・公正性の向上、民主主義の発展等に寄与してきたと研究会では整理をした。

 インターネットが果たしてきた役割を今後もずっと果たすためには、インターネットのオープン性を確保し続けることが必要ではないかという視点を持ち、研究会では議論を進めている。

 また、利用者はインターネットでどういうことを行う権利があるのかを考えてみた。それをまとめたのが次図の下の段である。第1に、「利用者がインターネット を柔軟に利用して、コンテンツ・アプリケーションに自由にアクセス・利用可能であること」であり、言い方を変えれば、「利用者が他の利用者に対し自由にコンテンツ・アプリケーションを提供可能であること」になる。さらに「利用者が技術基準に合致した端末をインターネットに自由に接続・利用可能であること」や、「利用者が通信及びプラットフォームサービスを適正な対価で公平に利用可能であること」が重要になる。

出典:総務省

 これらについては先ほど申し上げた「ネットワーク中立性に関する懇談会」で原型となる提言をしているが、その時には主語が「一般消費者」だった。今回、それを「利用者」に修正し、さらにそのときにはなかった2番目の「利用者が他の利用者に対し自由にコンテンツ・アプリケーションを提供可能であること」を追加した。「利用者」とすることによって、一般消費者のみならず、事業者の方々も含めてコンテンツ・アプリケーションに自由にアクセスすることを保証することが重要ではないかという意味が込められており、その裏返しとしての提供可能性として2つ目の項目を今回追加した。

4.ネットワーク中立性の確保の必要性

 こうした理念的な整理をした上で、データ流通を公平・無差別に取り扱うということについて、個別の事例に即しながらルールを考えてきた。

 中立性がもし確保されないとどういうことが起きるかを考えてみる。携帯電話事業者を含むISPが特定のコンテンツを優遇し差別的な取扱いをするということが起きてしまうかもしれない。さらに、ISPが自社と競合する特定のアプリ・コンテンツをブロックしてしまったり、速度を遅くしてしまったりするかもしれない。分かりやすい例えでいえば、携帯電話事業者が自分たちの音声通話サービスと競合するVoIPサービスを使えなくしてしまうなどの例がこれにあたるが、それに近い事例が米国では起きている。

 ただし、我が国では電気通信事業法第6条で「利用の公平性」を定め、「電気通信事業者は、電気通信役務の提供について、不当な差別的取扱いをしてはならない」という義務を課しており、これに反すると業務改善命令が出され、場合によっては罰金を科されるため、日本の電気通信事業者ではこのようなサービスの不当な取扱いは生じていない。

 「ならば、こうしたことを検討する必要性がないのではないか」ということになるが、場合によっては差別的に取り扱っているように見える慣行や行為が少しずつ出始めており、それらが不当なのかをこの研究会で議論している。

 その際に、判断を行う上で、以下の5点を基本的視点としながら検討を行った。

  • ネットワークの利用の公平性の確保
  • ネットワークのコスト負担の公平性の確保
  • 十分な情報に基づく消費者の選択の実現
  • 健全な競争環境の整備を通じた電気通信サービスの確実かつ安定的な提供の確保
  • イノベーションや持続的なネットワーク投資の促進

の5点である。

出典:総務省

5.具体的なルール①:帯域制御

 ここからは今回検討したケースを見て行きたい。

 最初が帯域制御である。2006年から2007年の「ネットワーク中立性に関する懇談会」で検討した際にP2P等の特定アプリや、一部のヘビーユーザーが帯域を多く使用している事例があったが、その際の議論を踏まえ、事業者団体、関係団体が「帯域制御ガイドライン」を作成している。そこではヘビーユーザーやP2P等の特定アプリが帯域を多く使っている場合には、それらに対しスピードを絞る帯域制御を行うことを許容している。

 どのようなケースが制御の対象に該当するかといえば、例えば特定の日に大量の通信を行った場合にその翌日から一ヶ月、上り速度を512kbpsに制限するといった例が当てはまる。何れもユーザーにあらかじめ明確な基準を示した上であれば帯域制御は行ってよいとガイドラインには書かれている。

 最近では一般のユーザーも帯域を多く使う動画などの通信を行うようになってきたため、特定のヘビーユーザーのスピードを制御するだけでは容量を十分に確保できなくなってきている。その点に関し、様々な事業者の意見を聞いたところ、いわゆる「公平制御」を認めて欲しいという意見が数多くあり、これを認める方向で「帯域制御ガイドライン」を改定することが適当であるという結論になった。

 ただし、どういった場合に帯域制御を実施するか、帯域制御を実施したかといった情報などをユーザー等に周知する場合に、その内容を充実する、あるいは明確にすることが方向性として打ち出されている。また、通信事業者が設備投資をおろそかにして帯域制御することがよいのかというと、そこはトラヒックの伸びに対応するためにインフラに投資をすることが前提であり、投資が間に合わない場合に限定して帯域制御が認められるべきだとの原則は以前と変わらないことも確認している。

 ここでいわゆる「公正制御」について分かりやすく解説すると、例えばネットワークの帯域が300Mbpsあるとしたときに500Mbpsのニーズが発生した場合を想定してみたい。

 意図的な制御をしなければ、利用するユーザーは同じ割合で制限を受ける。音声のように少ない帯域しか使わない人も、動画のような大きな帯域を使う人も同じように制限を受け、音声通話がつながりにくくなるのは望ましくないという考えから、ヘビーユーザーから帯域を絞っていき、最初から少ない帯域しか使わないユーザーは影響を受けないようにするというのが「公平制御」の考え方である。今日行われている、過去の実績に基づいたヘビーユーザーへの帯域制御と異なり、それぞれの時点において多くの帯域を使おうとしている人から抑制していくという手法である。

 こうした制御ができるように帯域制御ガイドラインを見直すべきとの提言が出されており、4月の中間報告書を踏まえ、現在 、 関係の団体において改訂に向けた検討が進められている。

出典:総務省

6.具体的なルール②:優先制御

 具体的なルールが検討された2番目が「優先制御」である。一定のアプリのデータを優先的に取り扱うことが今後必要ではないかとの議論である。

 現在も個別の電気通信事業者のネットワークの中で、例えばインターネットアクセスと電話とでは、電話のトラヒックを優先的に送るということが行われている。そうした 、電気通信事業者、ISPをまたいで実施するニーズが今後出てくるのではないかということを検討している。

 例えば、自動走行や遠隔手術のためのデータのやり取りなどについては「優先制御」を行うべきではないかという意見が出てきている。どういったトラヒックをどのように優先するかについてルールが必要ではないかとの議論があるが、一方で優先されるトラヒックが増えてしまうと、帯域には限界がある中、普通のインターネットのトラヒックが影響を受けてしまう恐れが出てきてしまう。

 研究会の中間報告書の中では、「『優先制御』対象サービスを利用しない利用者のインターネットアクセスに、過度な影響を及ぼさない」ことが基本原則として打ち出された。ただし、具体的ユースケースが明確ではないため、今後どのようなトラヒックを優先するかについては、様々な情報収集を行い、多様なニーズを踏まえた上で検討していくことが必要であり、電気通信事業者や様々な業種を含むマルチステークホルダーによる議論を進めていくことが適当だとの提言になっている。

出典:総務省

7.具体的なルール③:ゼロレーティング等

 具体的なルールの3番目が「ゼロレーティング」である。ゼロレーティングサービスは、月あたりの上限データ通信量付き定額制の携帯電話サービスで、特定のコンテンツやアプリの利用を使用データ通信量にカウントしないサービスを指す。「カウントフリー」と呼ぶ場合などもある。私どもの調査によれば、様々な事業者が一部のデータについて課金をしないサービスを提供している。

 これはISPがデータの流通について公平に取り扱うべきであるという「中立性ルール」に抵触するようにも見える。利用者側からするとアプリやトラヒックによって費用負担に差があることになる。またどのサービスをゼロレーティングに含めるかは携帯電話事業者が決めるわけだが、それによってコンテンツレイヤにおける競争に影響を及ぼす可能性も指摘されている。

 逆に、大きな力を持つコンテンツ事業者が携帯電話事業者A社にはゼロレーティングを許容し、携帯電話事業者B社には認めなかったり、そのコンテンツ事業者と競合するサービスをゼロレーティングにしないように携帯電話事業者に求めたりするなど、様々な競争上の影響が生じる可能性がある。

 では、ゼロレーティングを禁止した方がよいのか。研究会では、ゼロレーティングによって様々なコンテンツの利用が促進されるという面もあり、また携帯電話事業者間の競争、MNOとMVNOとの間の競争を促進するという面もあるため、一律に禁止するものではないだろうとしている。ただし、一定の判断基準は必要であり、その判断基準に照らして問題がある場合に事後的に対応することが現時点では有効ではないかという提言をいただいている。

 また、総務省は公正取引委員会も含めて、電気通信事業者、コンテンツ事業者、国民の皆さんの声を聞きながら公正な競争環境の維持、利用者への適切な情報提供などについて整理をし、電気通信事業法の解釈指針を取りまとめて運用することが適当という提言をいただいている。

出典:総務省

8.ネットワークの中立性確保のための体制の整備等

 ネットワークへの持続的な投資の確保やモニタリング体制についても議論が行われた。

 動画を提供しているアプリ事業者やSNS事業者、チャット系のサービスを提供している事業者などコンテンツ・アプリケーションレイヤの事業者は、大手のISPと直接接続したりしており、直接契約がある事業者に対しては、そこからアクセスサービスを買う形でお金を払っている。いろいろな情報がユーザーに流れていくが、下位の、直接ユーザーを持っているようなISPは、上位の大手ISPからたくさんのトラヒックが流れてきても、コンテンツ・アプリケーションレイヤの事業者からお金をもらえず、しかし投資はしなければならない状況にある。ブロードバンドアクセスサービスの市場は競争が激しいため料金を引き上げることも容易にできず、固定系は定額制の料金になっているので、流れるデータ量が増えても収入が増えるわけではない。一方で投資はしなければならない状況があるわけである。

 研究会では、この点については民間同士で解決するべきではないかと議論がなされており、一方でトラヒックの流れをもう少し効率化する手段があるのではないかということで、コンテンツ事業者とISPとが一緒に集まって協力体制を整備し、逼迫対策を促進していくことが重要ではないかと提言がなされている。

 トラヒック量を日本全体でしか把握できていない現状があるため、地域やコンテンツ別などの実態を把握し、見える化することが重要ではないか、またISPが自らのサービスについて、速度や品質を利用者に情報開示していくことも重要なのではないかと提言されている。さらにトラヒック流通の円滑化等に向けて都市部一極集中型のネットワーク構成やトラヒック交換を見直す必要があるのではないか、具体的には地域IXやTDNの活用について総務省は支援すべきではないかとの提言がなされている。

 また、帯域制御に関するガイドラインやゼロレーティングに関する指針などができあがった後に、実際にそれらが遵守されているのかをモニタリングする体制が必要ではないかという提言もなされている。

 すでに申し上げたように、ネットワーク中立性については電気通信事業法第6条に利用の公平についての原則がある。このため、それ以上に細かいルールをガチガチに決めるというよりも、柔軟に技術革新やビジネスモデルの出現に対応できるように、ガイドライン等で変更ができるような、柔らかい共同規制のアプローチで取り組みを進めることが重要ではないかということも提言されている。

出典:総務省

9.トラヒックの逼迫対策について

 トラヒックの逼迫対策については、深掘りをして説明をさせていただきたい。我が国のインターネットは、ISP間の相互接続が東京だけでなく、大阪でもなされるようになってきているが、東京でしか相互接続していない事業者間のトラヒックについては、いったん全てが東京に行って折り返してくるような形でデータが流れている。また、動画等の配信が増えているおり、トラヒックを効率的に処理するために、キャッシュサーバのような機能を果たすコンテンツデリバリーネットワーク(CDN)が利用されるようになってきている。しかしそのサーバの設置場所も東京や大阪など大都市に偏っており、地方の利用者に向けてはそこからデータを送っていかなければならず、東京や大阪までの回線の帯域が逼迫するということが生じている。

 東京一極集中とはいえ、大阪で接続しようという事業者は増えてきており、2014年の時点で24対1だった東京のIXと大阪のIXのトラヒックの比率は、2019年では2.6対1にまで改善している。しかし、災害の発生時のことなどを考えても、大阪だけではなく、もう少し分散化する必要があるのではないかと考えている。

 データセンターの立地についても6割が東京圏に立地している。もちろん地方のデータセンターのがんばりはあり、全国規模のデータセンターが地方に開設をする動きもあるが、まだまだ東京集中は続いている。それを改善するために地域にIXやCDNを設置してはどうかと検討をしており、それらの設置に関する支援措置を検討していきたいと思っている。

 また、そうした導入を支援するとともに、それらの活用でどの程度トラヒックの効率化が実現するかについても実証していきたい。

出典:総務省

 総務省では財務省とともに「地域データセンター整備促進税制」を設け、データセンターを地方に設置する場合に固定資産税等の減免を受けることが可能な制度を作っているが、この措置については首都直下地震緊急対策として専らデータセンターのバックアップを目的とする設備に限り適用されるなどの制限があり、こうした制度をもう少し緩和して皆様に活用いただけるようにと検討をしているところである。

 最後に、私どもデータ通信課ではIPv6への移行に長年取り組んでいる。多くの方のご協力で通信インフラについては進んできているものの、一方でユーザーの方々、コンテンツ・アプリレイヤの方々、データセンターの方々のIPv6対応はまだ道半ばであり、皆様方にもぜひご協力をいただきたいと考えている。他の諸国と比べてもまだ普及が進んでいないところがあり 、 上位のレイヤを含めて今後もIPv6対応を進めていきたいと考えている。

(文責:「日本データ通信」編集部)