井山7冠の国民栄誉賞受賞、囲碁とAI、電気通信政策

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井山7冠の国民栄誉賞受賞、囲碁とAI、電気通信政策

公益財団法人日本棋院 理事長 團 宏明 氏
[聞き手]
一般財団法人日本データ通信協会
専務理事
井手 康彦
 日本棋院理事長の團宏明氏は、郵便・電気通信行政において数々の要職を歴任してこられた。電気通信の世界では、1999 年のNTT 再編成の際に、郵政省電気通信局電気通信事業部長として今日の電気通信産業における公正競争のあり方にかかわってこられた功績が知られている。
インタビューが行われたのは、大きなニュースとなった井山裕太7冠の国民栄誉賞受賞の翌々日。旧知の間柄である当協会専務理事・井手康彦との肩の力を抜いた対談は、囲碁の過去と現在について、さらにNTT 再編成当時の思い出についてと縦横無尽な広がりを見せた。

世界に広がる囲碁

一昨日の井山裕太7冠の国民栄誉賞おめでとうございました。


井山先生と羽生先生の二人が同時受賞というのは本当によかったです。井山先生は、常日頃から羽生先生のことを尊敬されていて、羽生先生も井山先生の最初の7冠達成の際にお祝いの席でご挨拶を頂いたことがあるなどよい関係を築いてきていましたので、今回の同時受賞は囲碁将棋界にとっても本当によかったと思っています。

囲碁界にとってはファンの拡大につながる国民栄誉賞受賞ですね。

日本棋院に掲げられた横断幕


将棋の方がたしなむ方の数は多いのですが、囲碁に将来性があるところは世界的に広がっている点です。国際囲碁連盟という組織があり、日本棋院もその発展に関わっています。今では77カ国が参加(2,018年1月現在)していまして、日本、中国、韓国という強豪3カ国ばかりではなく、欧州諸国、米国、中南米、さらにASEAN諸国でかなり囲碁人口が伸びています。

図表1:国際囲碁連盟加盟国数の推移(2,018年1月現在)

出所:日本囲碁連盟提供資料を基に編集部作成

将棋は日本が中心なのですか。


将棋は国によってルールが異なります。例えば中国にも将棋がありますが、日本とは異なるものです。それに対して囲碁の世界は万国でほぼ共通です。日本には5世紀頃に中国から朝鮮半島を通じて伝わり、19路盤という今日まで使われている盤面を含めて平安時代にルールができています。当時、寛蓮上人という名人がいて、「碁式」という囲碁のルールや作法を定めたものを醍醐天皇に献上されたとされています。

その後の歴史を見ると、信長も、秀吉も、家康も碁を打っており、皆さんかなり強かったようです。よく大河ドラマなどで彼らが碁を打つ場面が出てきますが、あれは本当の話なのですね(笑)。

徳川家康は天下を治めた後にプロ棋士を作りました。家元制度を作り、俸禄を与えているのです。そこからプロ制度が始まって、その後様々な流派ができてくるわけです。

囲碁は中国伝来とも、もっと古くインドのあたりが発祥だとも言われていますが、きちんとルールを定めたのは平安時代の「碁式」ですし、「棋道」を大事にし、世界に先駆けてプロ制度を始めたのが徳川家康なんです。

ところが、今では日本よりも中国や韓国が腕を上げているのですね。


私が碁を始めたのは50年も前の高校生の頃でしたが、その頃は中国にはあまり碁を打つ人がいないという状況でした。韓国も同様でした。そこに日本棋院の先生方が交流をして広めるということをしてきました。趙治勲先生なども韓国から日本にいらっしゃって勉強をされた。

それが今では、中国も、韓国も、囲碁人口が多く、日本の棋士が簡単には勝てないのが現状です。井山先生はそうした中で、世界で勝つこと、日本の棋道を世界に広めることを目指し、果敢に立ち向かっています。彼の努力は中国や韓国からも非常に評価されています。

今世界戦がとても増えていて、今年の正月早々にも雲南省で大会があり、井山7冠は14時間もかけて現地に行かれました。世界化は囲碁の大きな流れになっています。

こうした趨勢の中、日本棋院としても国際化の流れをさらに加速させようとしています。とくに東京オリンピックが行われる2020年には東京で複数のイベントを開催し、囲碁で世界をつないで『東京2020』を盛り上げていこうと計画中です。

ルールは日本のものが使われているのですか?


そうです。中国で勝ち負けを決める石の数え方で少し違うやり方をしているなどということはありますが、基本的なルールは共通です。どこに行っても、同じ碁盤でゲームが楽しめるのは囲碁の素晴らしさではないでしょうか。

どんどん普及をすると、柔道着がカラフルになった柔道のルール変更のようなことが起こらないですか?


それは囲碁の場合にはあまり心配する必要はなさそうです。

ただ、今から20年ほど前に郵政省で働いていた頃には囲碁をやる方は多く、郵政省の全国囲碁連盟の会長を10年ほど務めました。その頃のことを思い起こすと、日本のメーカーがスポンサーとなって世界戦をやっていました。ところが、現在は棋力が上がった中国や韓国のスポンサーが世界戦を行う時代になっています。そこは印象深いです。井山先生はその中で現状を打破しようとしているわけで、日本の産業も同じように世界で頑張って欲しいところです。

現在は井山先生がタイトルを独占している7つの大きな大会があり、これらは新聞社がスポンサーですが、新しいスポンサーによる大会も出てきています。女流棋聖戦のドコモ杯などは、その典型例です。これからは色々な企業さんと一緒にやっていければなと思っています。

地域活性化への貢献、若年層への広がり

様々なマーケティング活動(普及活動)を行っているようですね。


特徴的な活動の一つが地域への貢献です。千面打ちで有名な『湘南ひらつか囲碁まつり』はその代表例ですが、川越市の『川越囲碁まつり』や信濃大町の『アルプス囲碁村』など多くの自治体で囲碁が町おこしに活用されています。近年は囲碁を通じて地域振興を目指す自治体が集まる「囲碁サミット」という催しを開催しており、各地域の日本棋院支部が自治体とタイアップし、東京の本院からも多くの棋士がサポートに行っています。

熱心な自治体はどんどん増えていて、地域の中でのコミュニケーションを活発にするツールとして囲碁はその有用性を大変認められています。将来的には地方創生の柱の一つになりえるのではないかと思っています。

囲碁のよいところは、若い人からお年寄りまで世代を超えて打てるし、国籍も超えて打てる。先週は静岡で『徳川記念世界囲碁まつりイン静岡』というイベントがありましたが、日本に加え世界12カ国から参加者がありました。老若男女、皆さんに囲碁を楽しんで頂きたいと思います。

子供たちも打っているんですか?


増えていますね。小中学校でも2万人ぐらいの方が課内・課外授業として受けていて、大学でも40校ほどが正規の授業として単位が取れるようになっている。前理事長の和田さん(元NTT会長の和田紀夫氏)の貢献が大きかったと思いますが、学校に対する普及活動が実践されているのは以前にはなかったことで驚いたことでもありました。夏場には高校選手権など大会もありますけれども、教育に熱心な学校で取り上げられて、集中力や粘り強さを養い数学的な感覚を育む、あるいは礼儀を学ぶなど、学業にもよい影響を与えているようです。

碁盤も昔は19路盤という正規の大きさしかなかったのですが、13路盤、9路盤、7路盤、6路盤、さらには4路盤というものまで出てきています。少ない升目なのに驚くほど多様な打ち手があって、若い人たちを教える先生の教え方も研究が進んでいます。

面白い話があって、その先生方によると若い人たちは覚え方が違ってきているというんです。子供たちには「よく考えて打て」と言っては駄目だというんですね。
感覚で打って、やっているうちに感覚的に覚える。覚え方が昔と全く違うので、教え方も違ってくるようです。

囲碁が明らかにするAIの可能性

定石など知識を植え付けるような教え方ではないということですね。


そのとおりです。やっているうちに覚えるというんですね。この話がAIの話題につながってきます。

今のAIソフトは機械同士の多くの対戦で経験を積み、自ら学習して強くなるようですね。


そうなんです。AI囲碁では、グーグルの『AlphaGo』が急速に強くなって、そこで用いられた「ディープラーニング」という方法が話題になっています。従来は人間の棋士が打った棋譜を覚えさせることで強くなっていた。

「ビッグデータ」ですね。


「ビッグデータ」の最たるものです。ところが1年ほど前からグーグルは棋譜なしでコンピュータに自ら碁を覚えさせるということを始めました。やってよいこと、よくないことの基本的なルールを示した上で、いわばデタラメにAIに碁を経験させ、AI同士で何十万局も打つことでAIが自分で勝つ方法を覚える。これは先程お話をした子どもたちの覚え方と通じるものがあります。面白いことだなと思います。

「ディープラーニング」の手法を用いると、AIは最終的に勝利する方法を手に入れますが、勝利に至る過程、どうしてその時にその手を打つのかというプロセスについては、人間には十分に説明がつかないことが多い。既存の理論や定石に基づいて打っているわけではないのです。

ということは、「ルールが決まっているものはAIができるようになる」ということではないかと思うのです。ルールがある世界ではAIにはかなわないという風に考えたほうがよいのではないかと。逆に言うと、人間はルールを決めることができるが、機械はルールがないことはできないということでもあります。

つまり、囲碁の魅力は棋士の創造力であるとか、人間的な考え方、思考過程にある。AIが強くなっても、囲碁の魅力がなくなるというわけではありません。AIが打つことによって開拓される新しい手もありますから、AIと人間とはよい関係を築いていると言ってよいのではないかと思います。

機械とはやりたくないという棋士もいそうですが(笑)。


現状では、むしろ思いもよらない手が勉強できて面白いと感じる方が多いように思います。王 銘琬先生が、ご著書で「人間は部分を見る」と書いていらっしゃいますが、私もその点には共感します。隅から入って、その隅で相手とどう戦うかを考え、それから次の隅を考えるという風に対戦が進むのですが、王先生によるとAIには“部分”の感覚がないと言います。人間は部分に集中して物事を解決していくけれども、それがAIにはない。ある意味で大局観しかない。部分的に見れば突飛もない手が、全体から見るとよい手だったと終盤になって分かるということが出てきます。棋士がそれを見て面白いと感じるのは、いい関係だと思います。

囲碁と将棋を比較すると、囲碁の魅力はその宇宙観にあると言われていますね。


その宇宙観が重要だと私も思います。そしてAIはその宇宙観に近いものを持っているのかもしれません。

となると、経営もAIができる時代が来るかもしれない(笑)。囲碁は経営判断の訓練になるとよく言われます。


確かに経営は多くのことが決まりごとの上に成り立っていますからシミュレーションができます。機械が知らない領域はあるとは思いますが、経営分析のかなりの部分がAIでできるかもしれません。

人間がやると、個人に対する好き嫌いのような人間的な判断が入って間違えることがありますから、AIの方がいいかもしれません(笑)。


囲碁と将棋は歴史的に見ると天皇や大名やお坊さんなど権威のある場所で始まっています。それに対して将棋の出自はもっと大衆的で広い基盤を持っています。ですので、囲碁はいわば習い事の世界に近い。文人のたしなみを表す中国伝来の言葉で「琴棋書画」という表現があります。この中の「棋」が囲碁のことで、教養の心得として扱われていた。将棋はもっと気らくな楽しみに近いものです。その流れが今に至るまであり、囲碁は先生について習い事をするという世界です。

その流れの先に出てくるのが情報化で、従来は先生について教わらなければ上達しなかったのが、ネットで勉強できるようになっています。

この前聞いた話ですが、高校生の有段者が大会に出てきた。打つのは打てるのだけれども、最後の地の計算ができないのだそうです。どうしてかというと、その人はずっとネットでやっていたので計算はソフトが勝手にやってくれる。数え方を覚える必要がないのだそうです。裏返すと、教わらなくてもコンピュータとネットで強くなれるということなんです。情報化による変化の最たるものです。

ゲームでも顔の分からない同士のネット対戦が当たり前になっています。


ところが一方では「郵便碁」という遊びがあって、一手ずつ葉書きに書いて碁を打つ愛好者がいまだにいるんです。

それは典雅ですね(笑)。


一局で200手もかかりますので、一局打つのに一年かかるという世界ですね。色々な楽しみがある中で、その最先端にネットがあるということです。新しい構図が広がるのはいいことだと思います。
囲碁は「手談」であると言われます。言葉がなくても通じるところが素晴らしいと思っています。国同士、あるいは地域同士、囲碁を打つ同士はお互いが特別の尊敬を持っている。これは囲碁ならではの世界で、人と人のつながりを作るのが囲碁だということを確信しています。これはこれからの社会にとってもとても大事なことだと思っています。

人と人とをつなげるのが囲碁のいいところですね。


そこが囲碁のよいところです。「笠碁」という落語の演目があります。碁敵同士がちょっとしたことで喧嘩別れをするけれど、来なくなると寂しくて仕方がないという人情噺ですが、碁敵ほどよい仲間はないという感じがします。

NTT再編のこと ー 大事なことはルールに基づく規制

ここで終わるはずだった対談は、流れるままに團理事長が郵政省時代に主導した1998年のNTT再編の話に及んだ。その様子も少々紹介したい。

あの時に100%出資の持株会社方式でNTTを再編するという方向が生まれました。


その後いろいろな評価があったと思いますが、当時の大臣以下の判断は妥当だったのではないでしょうかポイントは「完全分割をすれば、独占的企業でも競争になる」という意見です。私は「独占的企業を完全分割しても相互の競争にはならない」と思っていました。他の公益事業の例を見ても、そうはならないと思います。

何が公正競争なのかということと、技術の進展をどう図るか、国際競争の中で相手国と同じ形態であることも重要だと考えました。

日本では持株方式は独禁法で禁止されたいたところに風穴を開けて頂きました。これはまさに画期的なことですね。


前の年に純粋持株会社を許容する制度改正がなされ、NTTの再編で純粋持株会社が初めて設立された。これは政府あげての施策でしたが、歴史的なことだったと思っています。当時、事業の複合化と公正な競争を実現できるという意味で、持株会社が金融分野などにも向いており、活きてくるだろうと思っていましたが、その後、実際にそうなりました。そういう面でもよかったと思っています。

私も当時NTTで、海外の事例を研究したりしながら、持株方式をずっと勉強していました。


NTTでもよく研究されていましたね。

当時思っていたのは、海外との競争を考えると、海外の会社と同じ武器を持たないといけないということです。将来どのサービスが伸びるかは分かりませんから、あるサービス分野がだめになったときに、別の分野を伸ばすという余地がないとNTTは大変になったと思います。

電話番号案内はほとんど使われなくなりましたし、当時は高収益だった電話帳も事業としては縮小しました。米国でもAT&Tなど電話会社は電話帳事業を売却してしまいました。


重視したのは利用者の利便性が低下する選択肢はよくないという視点ですね。携帯電話の「通話料0円」の競争など、言ってみれば消費者を混乱させるような競争はしっかりと規制すべきではないかと思います。認可料金である電気通信料金がただなんてことはおかしいですから。

民営化の時に「規制は悪だ」という思想が生まれて、それが当たり前になってしまった観があります。様々な場面で制度が骨抜きになってしまっている部分もあるような気がします。


大事なことはルールに基づく規制だと思います。そのルールは恣意的ではなく、しっかりしたものでなくてはならないのですが、規制することが間違っているというのは少し違うと思います。

【プロフィール】
團 宏明(だん ひろあき)氏
東京大学法学部卒。1970 年郵政省入省。1996 年7月に郵政省電気通信局電気通信事業部長、1999 年7月に郵政省貯金局長、官房長、
総務省郵政企画管理局長、郵政事業庁長官、日本郵政公社副総裁、郵便事業株式会社代表取締役社長などの要職を歴任。2013 年6月か
ら公益財団法人通信文化協会理事長。2016 年6月から公益財団法人日本棋院理事長。2017 年11 月に瑞宝重光章受章。